口コミ

食べログ騒動で不可解に感じたことがふたつある。

まず、「ろこみ」って何だろう、と思ったこと。口コミってある程度昔からあった言葉だからすぐにわかってよさそうなものだが、そもそも私は「口」と「ロ」の区別がつかないタイプで、ガキのころ自宅近くの自動車ディーラーの看板に「山口トヨタ」とあるのを「山ろとよた」とは、と数年間思い悩んでいた。
そうか、山口トヨタのことかと理解したあとも、看板を見るとまず最初に頭に浮かぶのは「山ろとよた」であった。
くだらないけど、今回の報道で「ろこみ」の意味がわからなかった人は他にもいると思います。

もうひとつは、今回のことは「口コミ」じゃないだろう、「書き込みコミ」だろうとすごく正しく指摘したくなったこと。

私の理解で言えば、口コミとは信頼できる人間から「紅茶キノコ、すごいよ。びっくりするくらい体が軽くなった」とか、「大倉のブログ、メチャクチャ面白いよ」と教えられて、あの人がそう言うんなら間違いないだろうと、商品購入や実際行動に移すような、説得力のあるコミュニケイションのことのはず。
その場合、当たり前の話だが、情報提供者は匿名であるはずがない。

広告の仕事をやっていた頃、一番うなだれてしまうのは宣伝部長あたりにプレゼンテイションして好反応を得た後、結果を聞きに行って「うちの娘に聞いたら、今盛り上がってるのは、おたくの勧めるタレントじゃなくて。○○ちゃんらしいじゃない」と冷たく言い放たれることだった。オッサンは娘からの情報のほうが、怪しげな広告代理店の言うことよりはるかに信頼が置けたのである。

食べログで起きたことは容易に予想できたことである。

「口コミ商法」はいわゆるねずみ講の仕組みと似ている。知り合いから「半年もやっていると、何にもしなくてもどんどん口座にお金が振り込まれるんだから」と説得されれば「じゃあ」となる。「ピラミッドスキーム」と呼ばれるものも、同根です。
何故そんなものに引っかかるのか、と疑問に思う方々が大半であろうが、親しい人間から勧められれば一度は試したくなるというのは、これまたほとんどの方々が経験されているはずである。
詐欺まがい商法、霊感商法はそんな人間心理の隙を突いている。親しくなければ親しくなった気にさせればいいのである。

2000年代前半あたりからアメリカで「バズ・マーケティング」という言葉が生まれ、一時は日本でも席巻しそうになった。「バズ」はハチがぶんぶん飛ぶ音のことで、口コミを中心に商品ブランドを築いていく手法である。アメリカでは成功事例が多く生まれた。さまざまな方法があるが、わかりやすい例えだと、企業が売り出したいセーターがあったとする。依頼されたバズ発信源になって利益を得る人間は、毎日お友達を自宅に招いて、さりげなくも必ず目に止まる場所にマニュアル通り綺麗にしわを作り置いておく。招かれた人間は本当に良いものと思ったり、お世辞に褒めとこうと思ったりして、「あら、このセーター」となる。そうなるともう引っかかったのと同じである。この方法はその場で商品を売りつけるとかいうえげつないものではない。「あれはいいセーターだったわ」と思わせられた人間が、お友達に「あのブランドのセーター、絶対に来るわよ」と話をしてくれればいい。
この商法は騙し、インチキとの区別がつきにくいので、強い批判を浴びて、招いた人間に自分はこのセーターを勧める仕事を請け負っていると、説明を始める前に話をしなければならない、と自己規制をかけたはずである。
本当にその通り実行されたかどうかは定かではない。

それが、いちいちそんなアナログなことをしていては採算が合わないし、広がりも限られてしまう、ということになってBBSに消費者のふりをする書き込みに変わっていった。

その後、手口は更に巧妙になり、何度も問題として取り上げられている。

日本のSNSでもこれはどう見ても頭の悪い会社が成りすまし会員になって、さりげなくやっているつもりなんだろうなあ、と思うよな仕掛けが作ってあった。
そのうちそんなものはどこでも見かけるようになって、今回大騒ぎしているということである。
ネットのことがよく理解できていない私でさえ見破っていたんだから、おそらく毎日電脳空間でサーフィンをしている人はとっくに気付いていただろう。

一度、今回のことで悪評紛々の会社の方にお会いしたことがある。
下卑たところ、怪しい雰囲気などかけらも感じさせない人で、堂々と自社のやっていることを述べられていた。おそらく、ネットの世界を深く知り、自然とこの商売を思い立ち、起業されたのだと思う。
私は仕組みを聞いてなるほどね、と思ったが、同時に検索エンジン脆弱性、お勧めサイトの危うさ、を再認識し、やんなった私だった。

おそらく、さまざまな対策は練られるのだろうが、うまく機能しないと私は考える。
うまいものを食べたいのであれば、自分の舌を信じればいいんじゃないですか。本人さえ「うまい」と思っているのなら、何の問題もないんだから。
あとは初心に帰って、信頼できる人から直接聞いたことを試してみるということなのかな。
でもそれがネットで仕入れたやらせ情報だったりしたら、どうなんだろう。

匿名性の問題はプライバシーと絡まり、きっと解決しないだろう。

貼り付ける写真が見つからなかったんだけど、ちょっと無理やり。
100%この二人は匿名でこんなことになっているわけではないと思う。