行って帰りまーす。

休みの日になんだが、思い出してしまったもので。

皆様、会社にお出かけになるときはやはり「行ってきます」とご挨拶されますでしょ。
子供が何も言わずに出て行こうとすれば、やはりビンタの1、2発は食らわしますか。
いや、筆が滑った。手を出してはいけない。私も子供に手を上げたことはない。

「もう遊んであげないからね!」と子供と同じ目線で叱ったことはある、じゃなくて、子供と同じ思考回路に落ちてしまって言い争いになってしまい、泣かせたことがある。あとで「ごめんね」と謝りに言ったのも子供と同じ立ち位置。決して大人になりきれない大倉的ピーターパンシンドロームである。

ちゃんとした大人なら納得するまで言い聞かせましょう。

ガキのころなんと言って家を出て行っていたか、思い出した。
毎回ではないが、「行って帰りまーす」と大声で怒鳴っていた。
「行ってきまーす」より納得感があったのだと思う。
だって行って帰るんだもん。

「行ってきまーす」だと帰れないかもしれないという言霊を感じていたのだろうか。
意思だ。意思だったのだ。自宅に帰るよ、という強い意志。

幼い娘にこの話をしたらバカ受けしたが、一度も言ってくれなかった。

と、念のため方言かもと思って調べてみたら、映画「天然コケッコー」で夏帆さんが「行って帰ります」と言っていたとあるじゃん。あの映画を見て自分もそのつもりになっていたのかと疑ったが、違う。
間違いなくそう言った記憶がある。

映画の舞台は島根県石見地方で、夏帆さんも「『行って帰ります』は石見弁」だとインタビューで答えているそうなので、石見地方では確かに方言なのだろう。でもなあ、石見には私も行ったことがあるが、だれも「行って帰ります」なんて言ってなかったよ。というのは当たり前で旅行者に向かって「行って帰ります」なんて場面があるわけがない。

なんか石見に持っていかれちゃった感で一杯の私であるが、島根県山口県の隣。山口県の山陰とずっとつながる山陰地方である。下関弁は山陰地方の言葉に強い影響を受けている。あれはやはり幕末、松下村塾出身者が大挙して下関にやって来ていた影響であろうか。

そのあたりのことはどうでもいいんだが、確かに下関でも「行って帰ります」と言った私のようなガキはいたはずである。
これ、下関あたりから反論が来そうだな。

でも、どうですかね。
この合理性に満ちた朝のご挨拶、お使いになってみては。
とりあえずは受けると思うんだけど。

ちなみにご存知だと思いますが、石見は「いわみ」と発音します。

通った小学校の近くの路地。