大きな会社に勤めるということ

シャープがドッカーンという融資を受けて、必ずしも台湾の企業に株を買ってもらわなくても、当面何とかなることになりそうです。まだ、わかんないけど。
JALの場合はナショナルフラッグは潰せないということで公的資金まで入れてもらって、再上場となりました。JALの中には「公的資金は返した。自助努力で回復させた」と言っている人間がいるそうだが、勘違いしてもらっては困るからね。競争原理を無視して博打のように金を突っ込んだけど、あれはわしらの税金だからな。俺は納得いってないからね。

そんなこともありまして、やはり勤めるなら大企業と思い始めている学生諸君、間違ってはいけません。確かに会社は守れました。でも、恐ろしい数のリストラで辞めなきゃいけない人が大勢いらっしゃいます。企業年金も減額される可能性は大きい。
あえて他の名前は出さないけど、大リストラをやらないとつぶれる大企業はまだまだたくさんありますよ。

私自身40歳まで比較的大きな会社に勤めていたので偉そうにはいえないんだけど、「これで人生安心だ」なんてことはないからね。よく「寄らば大樹の陰」と半ば揶揄されていたけど、「寄らば大樹に押しつぶされる」ということもありだ。安心していた分、「会社に裏切られた」「こんなはずじゃなかった」と辛い思いをしなければならなくなるかもしれません。

ただ、逆に考えればさほど大きな会社でなくても、小さな会社でも「楽しく仕事してたら、充実した人生を送れた。これで安心して死ねる」と思えるところもたくさんあるということです。私はいつも死ぬことを考えているな。大きい、小さいは関係ないって。
かっこいい、かっこ悪いは非常に抽象的な価値判断だから、勝手に優劣つけてもかまわないんだけど、これも紙一重だからね。
学生諸君は就職活動で毎年大変な思いをしているそうで、ある意味同情するけど、昔は安定第一で何とか海上とかやたら保険会社が人気ランキングで上位に来たり、そのときの人気CMで名を上げた企業に応募が殺到したりしていたけど、今のランキングを見ると「あら、あそこはもうダメなの。人気ないどころか、まだあるんだっけ」という会社さえあるからね。

40歳で会社を辞めるとき思いましたのは「人は常に人生を何かに賭けている」ということでありました。それが大きな会社という価値であったり、素晴らしいと思った経営者であったり、これがやりたいと心に決めたことであったり、社会的地位であったり、それこそ千差万別なんだけど、この賭けが面白いのは当たった時のリターンが何か決まってないことですな。
たくさんのお金がもらえたとか、「偉く」なちゃったとか、幸せに暮らせたとか、こちらもなんでもありだ。
しかし、考えてみれば当たり前のことじゃないすかね。

「私は何に賭ければいいんでしょうか」とまさか私に聞く人間はいないだろうけど、そんなこと誰も決められないでしょ。今の私だって、次どうしようかしら、なんて思ってるんだから。

結局言いたいことは、「恨むな、自分で決めたことだ」ということだけでございます。

しかしなー、今回のシャープの件、公的資金は入ってないけど、国策という文字が目の前に浮かんでは消え、どうにも気持ち悪いです。

国策とは関係なく、毎日おいしそうなぶどうを売っている方です。インドのジョードプル