素数と素粒子と宇宙

通常「数学バカ」という呼び方は、数学のことしか頭にない純粋な方のことなのだが、本日この場では私のような数学のことについては数学の存在すら忘れたくて仕方のない人間ということにしてください。ついでに「物理バカ」についても同様の扱いで。

サイン、コサイン、タンジェントからわからない。これが計算式だよと言われれば「ああ、そうですか」くらい答えられるが、その意味するところがわからない。微分積分になると果てのない旅に出たくなる。
人のせいにしちゃイカンのだが、高校の授業でその意味するところをまず教えてくれて、それから計算に入ってくれなかったかね。いきなり「これはこれで、こうするとこうなる」って数字だけ黒板に凄まじい勢いで書かれても、私のような数学バカは必殺ノートを見ずに黒板を写す術だけうまくなってしまった。
黒板を一応写していたのは仏壇と呼ばれる先生が、試験に出す問題に赤丸をつけて問題集を机の上に置いたまま5分間だけいなくなるという、離れ技的温情で数学バカを救ってくれたからである。
それでも0点という笑える答案用紙を何度か渡されていたので、私がどんな人間かわかっていただけると思う。一度1点ということがあったが、あれは何か計算したようなあとを残しておいたから、バカでも考えてみたか、ということだったんだと思う。何でもやってみるもんだ。

そんな数学バカ、及び物理バカの私なのだが、宇宙の不思議は数学・物理ができない限り、理解不可能だということに気付いて気絶しそうになった。

私の本棚には宇宙論量子論素粒子論の本がかなり並んでいて、とにかく目を通すという意味では「読んだ」と言ってもまるで嘘とはいえない状態にまで自分を追い込んでいるのだが、結局自分が面白いと思うところだけしっかり読んで、後のことはわかる人にお任せしたいと適当に流している。

しかし、そんなことを「えーじゃないか」と浮かれているわけでもなくて、本心ではギリギリ歯軋りしたくなるほど悔しがっている。「なるほど、なるほど。ふん、ふん。ここはどうかな」とかやってみたいのにできないんだから頭くるわな。

「新たな数学上の発見」とかいう記事を読むと、それは宇宙の成り立ちを理解するうえでどういう意味があるんだろうと、心の底から「わかりたい」と神様、仏様にお願いする。

アメリカのセントミズーリ大学の数学者グループが市場最大の素数を発見したという報道がありました。
1742万5170桁の数字なんだって。
その数字は書かれていないですね。
調べりゃ出てくるんだろうけど、そんなもん並べられても400字原稿用紙が約4万3563枚必要になるんで、誰も読まんでしょう。
素数は1とその数字以外では割り切れない自然数のことですね。
数学バカの私でも非常にわかりやすい。

わかりやすいのに背筋がぞーっとするくらい、わからなくて、ワクワクする。
そんなバカでかい数字になればなんかで割れるでしょう。
私でもわかるのはその数字は奇数だ、ということくらいだ。
存在する数字の半分は素数じゃないんだよ、と偉そうにしてみたが、素数の数は無限にあることがわかっていると聞くとまた倒れそうになる。
自然数は無限にあるというくらいのことはわかる。
しかし、素数も無限だ、ということになると、数字も素数も両方無限で、そんで?と思うのは数学バカの私だけか。これは素数のほうが数が少ない無限ということなんでしょうか。でも、無限というからには無限なんだから、同じ数あると言ってもおかしくないんじゃないの。
君は大きな勘違いをしていると、誰か私を心の底から納得させてくれないかしら。

素数は無限にあるけれど、その規則性は解明されていない、ってのも、「えー、まだ、人間はその程度しかわかってないの」と驚いちゃいますよ。
「数学は美しい」って正真正銘の数学バカの人はおっしゃるけれど、規則性がないのに美しいの?
規則性が解明されていないだけだった。
規則性がないほうが、むしろ美しいかもしれないな。
気の遠くなるような遠いところに「ほら、オレはここにいるよ」って素数がきらきら輝いていて、そのまたずーっとかなたに「オレも」といたりする。
それが無限に存在するんですぜ。
しびれるー。

このニュースを見つけてまず思い出したのが「マルチバース理論」でございます。
我々が存在しているこの宇宙にはどんだけ銀河があるんだっけ、とウィキで調べてみたら「観測可能な宇宙の範囲に少なくとも1700億個の銀河が存在すると考えられている」となんとも頼りないこと。
ま、仕方ない。
この宇宙についてもわからんことだらけなんだけど、ある意味キリスト教ファンダメンタリストの主張する「神が創った」「インテリジェント・デザイン」論に対抗するように、私の心臓に突き刺さったのが「マルチバース理論」でありまする。
宇宙がひとつでもややこしいのに、我々の宇宙と同様に無限に別の宇宙が存在するというお話だ。
だから「ユニ」じゃなくて「マルチ」なわけです。
我々の宇宙は奇跡的な「偶然」の積み重ねによって作られている、そんなことは「神」にしかできない。という宗教的「真実」に対して、この宇宙が存在するのは奇跡ではない。宇宙は無限に存在するが、物理的アンバランスさ故に消滅したりしたりしている。我々の宇宙はあくまでただの「偶然」により現在も存在している、というナイスな理論です。
これを突き詰めると、無限に宇宙は存在するので、我々とそっくりな人間がいる惑星がある宇宙も可能なわけでござるよ。

かなり、強引にマルチバース理論を捻じ曲げたところがあるかもしれませんが、疑問に思った方はご自身で調べて、大倉を潰しにかかってください。

そんなわけで、素数宇宙論が私の中で勝手につながってしまった。
どこかが完全に破綻しているような気がするが、わからなくても、ステキなことはまだまだたくさんあるということでした。

素粒子のお話は入れておいたほうがカッコイイかなと思っただけです。
素粒子、量子のことになると頭が割れそうになる。
誰かわかりやすく小説にして。
わかりにくいのはダメ。何度かチャレンジして撃沈しています。

そんな不思議な世界の中に実存している下関の幡生駅