見えない男

私はかつて「見えない男」であった。
「見えない人間」でもいいんだけど、それだと透明人間みたいだし、かっこ良くないから「見えない男」ね。

中学校までは見えてたはずなんだけど、高校になってから「見ないようにしとこ」とされる人間に変わった。
目立たない問題児と言うんでしょうかね。悩める青年だったからだ。
髪は肩まで垂れ下がり、真ん中分け。バンドのことしか考えてないから、サインコサインタンジェント微分積分、方程式なんかのことは一度も考えたことはなかった。

一応進学校だったものだから、そういう人間とは関わり合いを持ちたくない、ということだったんじゃないかな。それはよくわかるよ。いじめとかそういうこととは全く違っていて、自分の住処をみんな心得ていたということなんじゃないかしら。勉学にひたすら突き進む方々、スポーツにも快活に取り組みつつ、本分の勉学もおろそかにしない方々(のちになってそれぞれ思うところがあり、悩んでもいたことが判明するが)、どんだけ勉強せんのか、と首を傾げる親を持つ方々、と大きく3タイプに別れ、その中の3番目の区分に入っていた私は、数学の授業で全員順番に当てられていくにもかかわらず、私のところだけはちゃんとひとつ抜かししていってくれるので、安心して本が読めたりしてた。冗談じゃなくて本当に私をいないものとして扱ってくれた先生方には感謝しています。

そんな連中は多くないのだが、バンドにしか興味のない人間とだけ話をしていたので、どうしても私は大多数の同級生からは見えにくくなる、あるいは「見ないようにしとこ」となる。
わずかばかりの女生徒はまばゆいばかりで、私と接点を持つことはないですよ。

大学に入ってから本格的に「見えない男」になった。
着ているものがジーンズにTシャツ、しかもTシャツは薄茶色だったりしたから、上半身は非常に判別しにくい。
毎日同じようなものを着ているから、なんか「幽霊みたいにいる奴」だったんじゃなかろうか。
方言のせいもあるんです。
話しかけられるのが怖かったんです。
あの恐ろしい下関弁が口から飛び出してしまうんじゃないかとビクビクだったの。
今じゃ、イタリア語みたいでかっこえーやろ、とか言っているが、当時は恐怖ですよ。
そんな精神状態でいたら、女子学生から「おはよう」「さようなら」と声をかけられても返事さえできなくなっていた。

学校でそんな状態だったからか、学校外でも見えなくなってしまった。
茶店、定食屋に入ってもお店の方が気がついてくれない。
水も来ないテーブルでしばらくじーっと待っていて、仕方ないんで黙って出てきたこともある。
存在感がある関係性の中で薄まっていくと、普遍的にも薄くなるんでしょう。
淋しかったけど、自分で望んでいたことかもしれんね。

4年間そんな状態は大きくは変わらず、卒業式を迎え、一応大学を卒業したことの証明に卒業写真集には写っておこうかと、お金を払って載せてもらったはずだったのだが、自分が専攻していた文学部東洋史学科のページをめくってみたら写っていない。
おかしいな、そんなわけはないんだけど、と何度見直してもいないから気落ちしちゃってね。俺はとうとう写真にも写らない人間になったのか、こんなことで社会で通用するんだろうか悩んじゃったよ。
ところが10回目くらい見直したところで、影の薄い人間がいることに気がついた。上半身だけの写真なんだが、いつもと同じ肌色に近いTシャツを着ていたので、バックの色にすべてが溶けてしまっていて気がつかなかったのよ。
そんな人間っているのかね。
自分の写真に気がつかないのよ。
信じられないねえ。

就職してからはどういうわけか人様にも見えるようになったようで、ちゃんと仕事をすることができました。
今では一目見ただけでギョッとされる人間になってしまった。ハゲとヒゲだけでそんなに驚くなよ。
中身も少し変わってるのかもしれないけど。

卒業写真を探して、ここに載っけようと思ったんだけど、見つからない。
本の山の中に埋もれてしまったのか、消滅したのか不明だが、この20年ほど見かけていない。
もう一度あのときの私を確認したいんだけど、一生かなわぬ夢かもしれない。
そんな人生なんだな、きっと。

ひとりぼっちの海で、バカヤローと叫ぶ。
プーケット、タイ。