無言歌
毛沢東は革命を成就させるには1000年かかると言って、にっこり笑った、と聞いたことがあるが、真偽のほどは確かではない。私の両親は一時期中国共産党シンパで、自宅にしょっちゅう共産党左派の党員を招いては、酒を飲んでいた。
私も強く影響を受け、人民帽をかぶり、高校の頃から長期休暇には彼らが経営する中国貿易の商社の倉庫で肉体労働のアルバイトをしていた。稼いだ金でエレキギターを買って、ビートルズになるつもりだったので、かなりおちゃらけた党員予備軍。
それでも、毎日真っ赤な毛沢東語録の一説を従業員全員で声を合わせて「アメリカ帝国主義は張子の虎である」とか読んでいたので、気分はもう革命。同じ場所で働いていた大学生からは「革命にはもう暴力しかない」とか物騒なことをアジられて、高揚してみたり、ビビッてみたり、頭の悪い高校生丸出しである。それが70年代前半のこと。まだ、文化大革命の最中である。
大学でも第2外国語で中国語を選択したら、恐ろしいくらい発音(四声)がメチャクチャな先生に授業に入る前に毎回文革ソングを聴かされていたので、いまだに「東方紅」とか「下定決心(中国語では『決』は二水)」が歌えちゃったりする。今では中国に行ってお姉さんのいるカラオケ屋で「この曲ないの」と歌って聞かせても、誰も知らない。私の中国語が下手なせいではない。個人授業を受けていた美人先生から「大倉さんはこれまでの生徒の中でずば抜けて発音がいい」と褒められちゃったりしたもん。
てなことを自慢している場合ではない。
文革は誤りであった。10年位前、広告の仕事をしていた時に消費者データを知りたくて、中国のマーケティング・プランナーに話を聞いたら、「40歳以上の人間は忘れてください。文革の影響でまともな教育を受けていないので、教養もお金もない」といきなりぶちかまされて、自分が文革ソングを歌えることを恥じた。
文革で何人が殺されたか定かではない。先日温家宝が講演の際、文革について触れ、「家族は迫害され続けた」と語り、中国メディアがそれを取り上げた。これまで要人が文革について語ることはタブーであった。毛沢東を貶めるようなニュアンスがあれば、必ず引きずり降ろされた。いつの日か全貌が明らかになるのだろうか。もう何があったのか調べるすべはないかもしれない。
1956年、毛沢東は百花斉放・百家争鳴を提唱して「言いたいことを全部ぶちまけて革命を前進させよう」と呼びかけたが、翌年には手のひらを返して「反右派闘争」をぶち上げ、「手前らよくも言ったな」だったか「まんまと引っかかりやがった」だったかで、毛沢東路線に異を唱えた人間を全員僻地へ飛ばして、「再教育」の名の下に強制労働につかせた。更に翌年、58年には大躍進運動という何の計画性もない出鱈目な政策を打ち出し、5000万人とも言われる人間が餓死した。
この映画は1960年、反右派闘争と大躍進運動が重なった最悪の状況の甘粛省の労働教育農場を描いている。辛くて正視できないが、一度は「毛沢東万歳」と叫んでしまった人間は見るべきだろう。声を失う。
もちろん中国では公開禁止である。監督は世界的に評価の高い王兵(ワン・ビン)。撮影は中国のゴビ砂漠。秘密裏に決行されたとのことである。
どうも普段の私と調子が違うが、今日はお許しください。
当時の様子を知りたければ「ワイルドスワン」
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写真は上海の裏通りの奥の路地。隠されているようでなかなか入り込めない。今もこの路地があるかどうかは分からない。