シマリスの話

18歳の時、一人で東京に出てきたら淋しかった。
学校が合わなかったのかも。

入学式にジーパンはいて行ったら、みんなスーツ着てんだぜ。親連れてさ。
東京弁話してるし。
ここで暮らしていくのかと思うと冷や汗が出た。

下関弁が出るのが怖いし、まともに女子と話したことがなかったので、同級生に「おはよう」と声をかけられても、黙ってうつむいていた。
「なんだか、暗い奴ねえ。きっとすごくスケベよ」とか陰口をたたかれてたんじゃなかろうか。

日吉に住んでいたのがまたまずかった。
学校とアパートの往復だけ。ときどきパチンコ。
洗濯に困り、馬鹿でかい紙袋に汚れ物をパンパンに詰め込んで教室に持ち込み、授業の間にコインランドリーで洗濯、乾燥させてまた教室。
「大倉君、また洗濯?」
あれは、「かわいそう!」じゃなくて、「何やってんだか」だったと思う。

仕方ないから、教養課程の勉強しましたよ。ほとんどA。
中国語なんてクラスで満点は男は私一人だけだったね。
で、大学在学中に取れたAはそれっきり。

そこで何を思ったか、いきなりデパート屋上の動物売り場でシマリスを買った。
仕送りで暮らす大学生にはつらい出費だったんで、扇風機買うといって親を騙した。3回くらい扇風機を買ったことになってるんだけど、妹と暮らし始めるまで汗だらだら流しながら暮らしてました。

シマリスは見ているととても可愛い。
癒される。
へへ、「ヒメ」って名前を付けてあげたよ。

ほっぺたにひまわりの種をぎゅうぎゅうに詰め込む。
大好物らしいチューブに入ったペースト状のものを指先につけて差し出すと、私が人間という邪悪な生き物であることを忘れて舐める。
「ヒメ、ヒメ」と呼んで愛情たっぷりに育てました。

「さてと、では慣らして仕込もう」とするが、脳みそが小さすぎて全然なつかない。ケージから出して両手で優しく包み込むようにしてやると、ようやく落ち着く、かと思ったら必死で脱出を試みる。噛み付く。逃げ出す。
「テメー、この野郎」と追いかけても、あの小動物は自分からケージに入るなんてことはない。
何日か放っておくとチューブの食いもんにだけは反応して近づいてくる。そこを捕獲するのだが、えんえんその繰り返し。

頭がいいんだか悪いんだか、そのうちカチッとしまっているケージの出入り口を鼻で押して、勝手に出入りするようになった。それはいいんだけど、俺は一体なに?一応飼い主、親のつもりなんだけど。

なんだか、動物を飼っている充実感がないなあ、と感じていたところで、引っ越すことになった。
引越しの日の朝、逃げた。
ふとんやなんかはすでに梱包しているので、押入れは空っぽ。ヒメは押入れから天井裏に逃亡した。
「ヒメ、ヒメ。引っ越すよ。早く出ておいで」と優しく呼びかけるんだが、自分がヒメだとは思っていないので「そうか、そうか」と出てくることなんてあるわけがない。
気配はあるが姿は見えず。

車を出すまで、天井裏に顔突っ込んで、「ヒメー!オドリャー!ここで死んだら次に入る人がとても困るんだよ」と叫んでいたが、当然無駄だった。

悲しい別れ、だったんだろうか。
もしかして、しぶとく生き延びたか、次に入った人とすごく馬が合って仲良く暮らしました、ってことはなかろうか。

私には知るよしもない。

ヒメって名前が悲しいでしょ。

昨晩、テレビでシマリスを見て、今朝、森尾由美が旦那の友人から「ヒメ」って呼ばれてる、って話を聞いて、今日は緩いシマリスの話にしました。

ロンドン、リージェンツパークのリス。「ヒメ」よりもずっと私になれていて、毎週胡桃を割って実を手渡しで食べさせていた、という写真がスキャンされているはずなのだが、見つからない。で、リスが出没する辺りの写真です。