英語の勉強3

さて、30歳をすでに超えた私ではあったが青雲の志を抱いて、アメリカ目指して海を渡った。
海は荒れ、食べては戻し、野菜が不足し、逆剥けだらけの指先は痛むような、ボロボロの身体になることなくビューンとひとっ飛びである。当時は気前の良かった会社はフルフェアーエコノミー料金を出してくれていたので、ビジネスクラスである。

あのころはCAなんて言わなくて、女性はスチュワーデス、男性はスチュワード。ビジネスクラスだと豪華な食事のあと「ビール飲め、ワイン飲め、チーズはどうだ、ブランデーもあるよ」とずいぶん客を甘やかしてくれていた。

この数年アジアに出かけると「チキン?ビーフ?」ガチャン。「ヴェジ?ノンヴェジ?」ガチャン。なんて感じだもんね。「お酒欲しーい」と声をかけても忘れるか、忘れたころにしか持ってきてくれないもん。航空会社の違いもあるのか?中国、ベトナム、インドの飛行機で出かけています。

そんなことはどうでもいい。希望に胸を膨らませたメリーランド大学英語特訓組は大学関係者に迎えられ、大学内の学生寮に案内された。
びっくりしたよー。
インドの安宿みたいなんだもん。
簡素なんだか、捨て忘れたんだかわからない机と椅子、何故かシーツの下にビニールが敷いてある恐ろしく寝づらいベッド。寝小便でも警戒してたんだろうか。

ここでこれから半年過ごすのかと思うと、すぐに帰りたくなった。
55歳でインドの安宿に泊まることに抵抗はないが、30過ぎにアメリカで、しかも会社の金でこんなことになるとは思わなかった。
すぐにストライキに入るつもりでいたが、いきなり喧嘩もまずいだろうということで、しばらくは我慢することになった。

最初の2ヶ月は大学内にある英語学校に通う毎日。歳の差が少なくとも10はあるだろう連中と席を一緒にし、先生は本場アメリカ産の本物の英語教師、やる気が出ないわけが無い。10も下のガキどもに舐められてたまるか、の勢いだったのだがね。

まずヤンなっちゃったのは、スペイン語圏から来た生徒の発音はこっちが何言ってんだかさっぱり聞き取れないのに、「なるほど、なるほど」とうなづいて、こっちが話すことは聞き取れないのか、文法がメチャクチャなのか「何?もう一回言って」と突き放したようなやり口。本当に分からないんだろうから悪意が無いのはわかるが、あちらの方々の発音も直して差し上げてよ。スペイン語圏の生徒は英語をスペイン語読みする傾向がある。だから、J、Z、R、なんかは発音が違うとしかこちらは聞こえないし、サイレントにして発音しないこともある。
しかし、先生たちはすっかりそういう生徒さんになれているので、全部わかってらっしゃる。私は大丈夫だったが、やはり日本人の場合はRとLで苦労する。同じに聞こえるじゃん、とこっちは思っても、全然何言ってんだかわからないらしい。

で、また先生方もプロではあるがいろいろである。
やたらアメリカン・イングリッシュを押し付けてくる先生は、アとエの間の強い母音以外のすべてのア、そしてエもイも全部曖昧母音にしろという。発音記号なんて知らない様子である。EARLYの頭の曖昧なアです。「そんなアホな」と思っても強くプッシュしてきて、仕方ないんで真似すると「Yeah! Very American」とお喜びになる。おら、アメリカ人になりに来たんじゃねえんだけど。

てなことがありながらも、ようやく寮を脱出してマンション暮らしとなり、気分も変わり、年下のクラスメイトを呼んで、バーベキューパーティーやったり、わしら歳いくつだっけ?という疑問も薄れ、すっかり学生生活をエンジョイしてしまった。

ところが場所が日本でもアメリカでも、そんな悠長な学生気分の英語学校では意味が無いことが発覚する。
私たちは英語学校のあとMBAの単位をいくつか取るための授業に放り込まれたのである。

次回へ続く。

アメリカの写真は一切スキャンしてないんで、何故かは知らねどもまたカンヌの写真。
まだ映画祭やってます。