英語の勉強5

もういい加減にいかに私の英語の上達速度が遅かったかという告白も締めにしたくなってきた。
あんまり自分でバカです、バカです、と書いていると本当にバカかもと思ってしまうし、すでに大倉はバカだと結論付けて、去っていかれた方々もいるかもしれない。
私はバカかもしれないが、すごーいバカでもないような気がしているので、そのあたりのところ斟酌していただけたら。

私はアメリカでの研修の後、世界漫遊研修をさせていただき、どこの国の事務所でもたくさんお酒を飲ませていただいた。ありがたいことだった。これは実はちょっとした面接のような意味もあったようで、あー、ここに来ることになるのかも、というところが3箇所あった。

しかし、飲ませていただいた酒の量で言えば、圧倒的に香港だった。
何人かの研修員と一緒になることもあったが、香港はたまたま私一人だったので、言われるがまま飯を食いにいき、こりゃ豪華と見えた皿をガツガツいただきながら、ビール、紹興酒、白酒と飲む酒のアルコール度数が3倍ずつ高くなっていく。そんなことがほとんど毎日。一度少し中国語がわかると話したら、実力を測ることもなく、「よし、大倉、楽しくやろうぜ」ということになっていたのである。

香港最後の夜は圧巻で、明日は日本に帰るだけだ、飲め飲め、俺たちも飲むからと、奥さんまでやってきて凄まじい宴会になった。白酒というのは日本の甘酒のようなものではなく、アルコール度数は高いものだと50度は超える。白くなくて透明。それをショットグラスに注ぎ、一気に飲み干すのだから何がなんだか分からない。「大倉、早く来るように」と言い残して、私をホテルに送り届けてくれたあと香港の責任者はご機嫌で帰っていった。初めて三日酔いを経験した。

そしたら行き先発表でいきなり「大倉、ロンドン」って言うから、びっくりしちゃったわけよ。
すっかり香港のつもりで、あそこならどのアジアの国にも近いから、楽しいことしか待ってないとガッツリ心構えができていたのに。
ロンドンって英語じゃん、なわけである。
いや、どこに行っても英語は必須なんだけど、英語の本場かよ、大丈夫かよ。

大丈夫じゃないわけだ。
ヒースロー空港に着いたら普段検査官に止められることなんてないのに、なにやら話しかけてくる。
「君ハンサムだね」なわけないし、なんだろうと耳を凝らすが、あんたが話しているのは本当に英語かね、もしかして私をインド人と間違えてわざわざヒンディーで声かけてない?

3回くらい「なになに」と聞いたら、ようやく英語で「不法なものは持ってないかい」だった。「持ってないよ」と答えたら、「じゃ、どうぞ」だ。何のために声かけた?
いやいや、その疑問より、何を聞かれているのかわからなかったことで、ほんの少しずつ積み上げてきた自信のようなものが、検査官の一言で吹き飛んでしまった。よけいなことすんなよ。

全然アメリカ人の英語と違うじゃん。ドイツ語かケルト語かと思っちゃったぜ。

会社に着くと、事務所の方々がやさしく出迎えてくれるが、皆さん日本語でお話ししてくださる。イギリス人も受付のおばさまを除いては日本語ペラペラ。受付のおばさまもとんでもなく長くお勤めなので、日本語がわからなくても、雰囲気でほとんどのことを理解してくれる。

あらあら、ここはイギリスだけど、日本語で全部事足りちゃうじゃない、と思ったのが大間違い。
でも、翌日、もう今はずいぶん偉くなちゃった方から「大倉さ、今日の夜空いてる?」とひそひそ声で話しかけられた。早速仕事の打ち合わせかと思って身構えたら、「今晩さ、JALのスチュワーデスと合コンなんだけど、来れるかな」だった。来れる来れる、行ける行ける。前日赴任してきて、翌日の予定が入っているわけないじゃない。また日本語で楽しくやっちまった。

英語を話さないわけじゃないけど、必要最小限ですむな。ずっとこんなもんかな、と調子に乗っていた。そんなことがあるわけがない。イギリスで仕事するんだから。
別の方からは「俺電話で、何とかかんとか、って言われたんだけど全然わからなくて、ついOKって言っちゃったんだよ。そしたらそれ出稿の依頼だったんで、スゲーあせって、なかったことにしてもらったんだよ。電話は気をつけろよ」と恐ろしさで真っ青になるくらいありがたい助言をいただいた。
個人名出すともっと私は面白いんだけど、読んでいる方はわからないので止めとこう。

ある日、アシスタントをしてもらっていた女性が外出中に、仕事相手のイギリス人からあせり狂った電話がかかってきて、大至急というもんだから、電話を受けたら「シン、すぐにトランスパランシーがいる。印刷が間に合わない。バイク便で送って」ときた。いま、トランスパランシーと書いているが、実際にはそれが聞き取れなくて、何度も聞きなおした。で、何?トランスパランシーって。
わかる人手を挙げて。
ポジフィルムのことだった。そう言ってくれればすぐにわかるのに何がトランスパランシーだ。辞書で調べてもずっと後ろのほうにしか出てないっつーの。
周りに聞きまわって事なきを得たが、発音は仕方がないにしろ、せめて単語は統一してくれよ。
絶対にしてくれない。

そんなことが積み重なって、これはまずいと真剣に悩み始めたら、劇的な処方箋を先輩方が教授してくれた。

また次回に続いてしまう。
ますますバカがばれる。

ここはイギリス、湖水地方。ここについてはまた詳しく書きます。
この地を歩いている分にはすれ違う相手に「ハーイ」だけですむから楽だった。