メコンデルタも暑かった

毎日暑い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
各地で豪雨被害が出ているのに東京はこのところお湿りもなく、ひたすら照りつける日差しと反射熱で身体が焼けるような思いでございます。

昔話ばかりで恐縮だが、朝の番組をやっていた時に真夏、スタジオから外を見ると、朝からギンギンの日差しで、ウェザーニュースのお姉様たちは「今日もヘロヘロになるような暑さとなります」とおっしゃるので、毎日「暑いですねえ」とマイクを通してご挨拶をしていたら、20代の女性ディレクターの激怒した声がヘッドフォンに飛び込んできた。

「暑い暑いって、暑いんだからしょうがねーじゃねーか。うるさいから止めろ。ほかのこと言えねーのかよ」と怒鳴るんですよ、皆さん。怖くてねえ。「ああ、暑いって言っちゃいけない」ってビビッてました。今でもそのときの話しになると怒ってるもんなあ。言われてみればその通りで、暑いと言って何が解決されるわけでもなく、聞いているほうも「やんなるなあ」としか反応できないのだから、建設的な方向に話が向かわない。
暑いだ、寒いだ、言ったところでどうにもならないのに、どうしてみんな同じこと言うんだろうな。「やっぱり一緒だよね」的な連帯感を求めているのかしら。

一人で東南アジアを歩いているときは「暑いなあ」って全然言わない。
放哉じゃないけど「暑くても ひとり」なわけで、「そうだね」でもなきゃ「うるさい。言ってどうなる」でもないから、黙々と歩きながらタオルをびしょぬれにし、写真を撮る。
でも、地元に住んでいる方々は歩かない。暑いから。
なんとなく、暑いところに住んでいる人は暑さに慣れていて、暑くないんじゃないかという誤解があるが、慣れてない。暑いものは暑いんでカンカン日が照っている中、ただ歩いているやつは阿呆だと思っているはずである。夕方になるとどっと川沿いの公園なんかに人が出てくるが、それまでは家でじっとしているか、事務所作業がほとんどでしょう。
やむを得ず肉体労働にいそしむ方々も、日のあたる場所では上手に休憩を取っているはずである。

よくタイや香港でどうすりゃこんなに冷房効かせられるんだというくらいキンキンにしているところがあるが、あれが全てを物語っている。映画館なんかセーター着てないといられません。
不思議なのは地元の皆さんはTシャツのままだったりするから、この人たちはイヌイットの遺伝子を持っているんじゃないかと疑ったりする。

ベトナムハノイホーチミンでは気候にかなりの差がある。あれだけ南北に細長い国だから当たり前だ。ホーチミンは暑いよ。暑いから暑く過ごそうと、やけくそになることがある。

ある日の夕方、メコンデルタにあるカントーという町のメコン川に沿ったホーチミン像がドーンと構えている公園がある。
人で一杯になる。私もその生暖かいと風がそよぐ中でスナップを撮っていた。すると若い女の子から声をかけられた。旅の最中、よく声をかけられるが、すごく楽しかったということはない。でも、意外と話のネタにはなる。どんなことがあったか知りたい方はもうどこにも売っていないが、中古でなら手に入る私の「漂漂(ふわふわ)」という写真紀行本を手にとってみてね。

漂漂(ふわふわ)

漂漂(ふわふわ)

で、この本に入れなかったんだけど、このカントーという町ではもう一人の若い女性から声をかけられた。女性というよりも少女か。
何とか怪しい英語を操る。
「明日ボートで船上マーケットに行きませんか」
「いいね、行こう。早く行かないとマーケット終わっちゃうから早くに出よう。7時でどうだ」
「えー、8時」ということで希望より遅くなってしまった。
「1時間2ドルね」
「高くない?」
「そんなものよ」
ということで、全部ひどい虫歯で、こりゃ将来大変だろうな、という少女の言うがまま、話はまとまってしまった。

翌朝、約束の場所で彼女が待っていた。
「じゃ、行こう」
「うん、この人ね」とあんちゃんを指差す。
「あら、君が一緒に来るんじゃなかったの」
「いつそんなこと言った?」
特に大問題ではないんだが、ちょっと残念。

困ったのが、あんちゃんは全く英語を理解しない。
私はベトナム語がわからない。
乗り込んだのはいいのだが、どうしたものか。
とにかくマーケットだけは理解しているので、もうお任せにするしかない。
2時間くらいでマーケットに行き着いて、そんなに面白いもんじゃないね、とうなづきあって、じゃ、クルージングでも、というお互いにそんなこと一言も話していないのに、クルージングになっていた。
乗ったボートには屋根がない。日差しの避けようがない。

こうなりゃ、それを逆手にとって今日は日焼けの日にするか、とTシャツ脱いじゃったよ。馬鹿だね。
で、困ったのはどこを走っているのか、何が目的なのかさっぱり分からないクルージングであることである。川の上は好きなのでそれはいいのだが、いつ反転するのかがわからない。試しに英語で「何時に帰る」と聞いても笑顔で答えてくれるだけなので、こちらも笑顔で返すだけ。一切のコミュニケーションは断絶されたまま。

そのうち眠くなっちゃって、裸のままボートにひっくり返って寝ちゃったりしました。
適度なスピードでボートは走っているので風が当たり、気化熱が生じていくら日に当たっていても「アッツー」ということにならないのが味噌である。
しかし、ここはどこなんだろうと時計を見るともう3時じゃん。
一体何時間ボートに乗ってんだよ。

あんちゃんを見上げると、なんとなく不安そうな表情。向こうもどうしていいのかわからなくなっているのは明らか。手で大きくUターンを描くと、安堵の表情を浮かべて船を回した。
なんだよ、言ってくれよ。言われてもわからなかったけど、わかることもあるんだよ。こっちは以心伝心の国から来てるんだから。

Tシャツを着てみたら、大変な日焼けになっていることがわかった。
肌に何かが触って初めてそんなこともわかるんですよ。

6時に出発した波止場に着いた。
10時間船に乗ってたよ。新記録じゃなかろうか。
少女が笑顔で迎えてくれた。どこ行っちゃったんだろうと不安だったのかも。
20ドルという超大金を渡して、お別れしたけど、どうすれば一番良かったんだろうか。
楽しかったような、悲しかったような思い出に残るずっしりした一日だった。

間に挟んでいるのは、そのときの写真です。

明日から9月。秋の空。涼しくなるかも。ならないかも。