山に登れない その2

リシュケシで私は怪しげに見えなくもないマッサージ屋さんに乗り込んだ。
マッサージは好きなので様々な場所で試してみた。上海空港のマッサージ屋さんはへたでダメですよ。
トルコで泡を立てられたら逃げたほうがいい。ベトナムでは全身を殴られまくる。
そんな話はまた今度。

アーユルヴェーダなあ。どうなのよ。
日本でそんな看板出しているところより信頼できそうな気もするけど。

パンツ一枚になれとおっしゃる。いやーん。服の上からじゃダメなのかしら。
ダメだそうで堅布団に横になる。
するとあれだ。オイルを大量に使うのね。
油まみれの私の身体をおじさんの手が撫ぜる、んじゃなくてうまいことグイグイ押していく。
「お、これは期待できそうじゃん」
なかなかつぼを突いた、「効く」マッサージだ。
リシュケシは北に位置しているのだが、昼間は充分暑い。
しかし、乾季は湿度が低いので影に入れば不快さはない。それでこの拷問部屋のような小屋でも気持ちよくてうつらうつらしていられる。

これはもう明日から毎日マッサージだな、と夢心地でいたら足におじさんが取り掛かった。
そうなんだよ。膝が我慢できないくらい痛いんだよ。どうしますかね、と相談する前に膝を思いっきりまげて、全体重をかけてきた。息もできない。これまでのマッサージが台無し。激痛で声も出ない。やっぱ先に言っとかなきゃわからないですか。見ただけで「このハゲは膝が悪いな」とかわかるかもと思っていたんだけど。

おじさんのせいじゃないんで、お金を払って黙って小屋を出たけど、外は日差しがきつい。タオルでざっとオイルをぬぐってくれたが、個人的な印象を申し上げれば、私は全身オイル焼き状態。気持ち悪い上に膝はマッサージ前の3倍は痛い。足を引きずって宿に帰り、泣いた。

そんなことがありながらもインド最南端のカーニャクマリまで足を伸ばし、満足してネパールに向かった。その頃はもうネパールは冬。その年は昼間もどえらく寒くて、寝るときにもダウンまで着こんでベッドに入らないと凍死してしまう、はずだという気がするよ。
この寒さが決定的なダメージとなった。

リシュケシのあとは膝を気遣いながらも、楽しく歩き回っていたのだが、膝が寒さに弱いとは知らなかった。寒気は膝を潰しに来る。5分歩くと痛みが絶頂に達する。座り込み、しばらく膝をもまないと立てないくらいひどいことになってしまった。カメラバッグも余計な負担をかけているが、これを置いて歩いても意味がない。

日本に帰ったらちゃんと病院に行こう。
このままじゃ杖をついても歩く気にならん。
と悪態をつきながらも、ネパールのあちこちを歩いてた私ってどうなんだろうね。

そんなことがあったので、日本に一度戻った。
整形外科で見てもらったがどうも半月盤に問題がありそうだということで、両足ともMRI検査を受けることにしたが、当面この痛みをどうするかである。糸川君は迷わずヒアルロン酸を直接両膝の一番痛い部分に注射することを提案してくれた。ありがとう。でもそんなところに注射してどうなの。どうなの、って意味を聞いているって思ってるかもしれないけど、本当はすんごく怖いんだけど。
「いや、楽になりますよ」ということで、不思議な感触の残るお注射をしていただいた。

なるほど、楽だ。楽だ、楽だ。と飛び跳ねて帰ったら半日するとまた同じことになってしまった。
そんな注射を毎日しつつMRIの結果を待っていた。
糸川君は難しい顔をして写真を見ている。
「うーん、ここが半月盤です。わかりますか」
わかりませんけど、あなたが言うのならそうでしょう。
「半月盤にほら、こんなふうにすじが入ってますよね」
はあはあ。
「両膝全ての半月盤が損傷しています。どうしますか」
そういう聞き方はないでしょう。どうしますかね。
「手術して半月盤を取っちゃうって手があります」
あれ、半月盤って存在意義があってそこにあるんじゃないかしら。
「そうですね。半月盤を取ると骨同士が直接当たるんで、磨り減りますね」
そうするとやっぱり痛いんじゃないすかね。
「痛くなります」
解決にならないんじゃないですか。それは困りますよ。
「じゃ、半月盤損傷の治療では第一人者の先生を紹介しましょう」
そうしましょう。

ということで、名前を聞けば「なるほど」とうなずく病院を紹介してくれた。
一番偉い先生を紹介してもらったのに若造が出てきた。
「んーん、これずいぶん古いですね。何しました」
「歩き回ってました」
「へー、それだけでこんなになるんだ」
「へー、そんなに悪いの」
「これはどうやっても治らないですよ。新しい傷なら縫えるけど、それは無理。取っちゃうと骨同士が擦れるし、そのままにしておくとあと数年で全部砕けますね」
「今、治療のお話をしているじゃありませんこと」
「治らない、ってことを話してるんですけどね」
あらまー、それは知らなかったよ。

こんなことがありました、と糸川君に話したら、「そうですか」と肩を落とし、「注射して様子見ますか」ということになった。

それ以来、とても痛くなったり、少しだけ痛かったりで、モーラステープを張ったり、ひどくなると注射をしたりしている。幸いにして半月盤ちゃんはまだ砕け散ってはいない。私の勘では砕けないんじゃないかという気がする。

そんなことで、それからもモーラステープと痛み止めを大量にバックパックに詰めて、歩き回っている。私を止められるのはない。こんなに強い意志をもっている人間じゃないのにな。面白そうが先に来ると膝のこと忘れちゃうんだな。

ただ、山は止めよう。
途中でどうしようもなく痛くなったらどうするよ。降りることもできなくなる。どうしてこんな状態で山に来たと怒られる。
ダメダメ、山はダメ。
娘にまかせた。イモトさんみたいにキリマンジャロに登ってきて欲しい。お願い。

この時よ。歩けなくなったのは。ネパールの冬はマジ寒い。部屋にいても昼間はほとんど停電なんで電気ストーブ金出して借りても、意味がない。それに電気ストーブは周囲5センチくらいしか暖めてくれない。