マンションの洗濯物 磯野迪子展

京橋で用事があったので、銀座からブラブラ歩いていたら昔はイナックスのギャラリーだった場所がLIXILギャラリーに変わっていた。
LIXILってなんだ、じゃCMそのままなんでそんなことは思いませんでした。
中は変わってなくて、これまで通り小さなギャラリーがふたつあり、気持ちのいいスペースをアーティストに提供している。

下品な話だけど、あのスペースは無料で提供してくれてるのかしらね。多分そうだな、案内を見ても「おいくらですよ」って書いてないからね。LIXILは大掛かりなリストラをやると報道されているけど、これは残していただきたい。最近足が遠のいていたけど、よくお邪魔していました。街中でいい刺激を受けることのできる場所です。一階の受付でお嬢さんが、汚いなりの私にまでご挨拶をしてくれるのも嬉しい。

昨日は通りがかりに何やってるのかポスターをチラ見してみたら、マンションを正面からドーンと撮っている写真が突きつけられていた。こういうのはすごく好きなのよ。身も蓋もないくらいこれでどうだと押してくる写真は、スナップ以外撮らない私には大変新鮮である。

一番広いスペースでの展示だったのだが、贅沢な使い方だよ。
写真展だと勝手に勘違いしていたのだが、映像インスタレーションだった。プリントじゃなくてプロジェクターによる映写です。それもかなりのスペースに2面だけ。そうか写真じゃないのか、プロジェクターだとどうしてもディテールや色がかなりオリジナルと違っちゃうんでもったいないな。先日の私のトーク&スライドショウもプロジェクターでやったんだけど。あれは私の漫談つきだったから、写真は話のネタ的に使って悪くなかったんですけど。

と、しばらく映写を見ていたら、マンションに寄ったり引いたりして、見え方を変えている。
と粗忽にも一番先に気がつかなければならないところが見えていなかった。
じーっと座っていると寄り引きだけではなくて、何かがどんどん変わっている、天気でもないし、雲の動きでもない。あらーん、と見入っていたら洗濯物がどんどん干されたり、はずされたりしている。
見えているようで、見てないもんだとしばらく座り込んでいた。

人は一切登場しない。
洗濯物の変化だけを見せると言う明確な意図を持って制作されたものであった。
洗濯物はすごく好き。特にマンションの洗濯物は一見極めて無機的に見える構造物に生活の臭いを与えてくれる。

私は生活臭のない国に行っても全然興奮しない。なので東南アジアでも高層ビルが乱立し始めると、とたんに興味を失ってしまう。食事を筆頭に路上で展開されていた生活が全てビルの中に入ってしまい、歩いているだけでは、無理やり「飯を食わせて」と人の家に乗り込まない限り、シャッターを切る気になれない。

かつて、バンコクでは町の中心部であっても、路上に生活がそのまま投げ出されていたので楽しかったよ。今でも探せばあのコンクリで固められた都市にも面白いところがあるのかもしれないが、10年以上前に行った時にすでに路上を賑わしていた露天がデパートの中に押し込められていて、ずいぶん淋しい思いをした。食えるものが同じでも、外と内では見え方も気分も全く異なってしまう。
30年前はすごく面白かったんだけどな。

ヨーロッパでは外から見える場所に洗濯物を干してはいけないという国も多い。ロンドンで住んでいたマンションにはベランダがないので、干しようがない。乾燥機を回すか、風呂場で乾かすしかない。
ロンドンは雨が多いところなんだけど、どういうわけかいつも乾燥しているので乾きはいいんだけど。

てな、全く関係ないことを思い出しながら映像を見ていた。
すると余計なことが気になってくる。どうやって撮ったのか。
同ポジションにカメラを置いて10分ごとにシャッターを切る、というのはありだが、マンション自体は暗くなったり明るくなったりはしていない。それに明らかに駐車場とわかるところから撮影しているものがあるのだが、車が一切入ってこない。
であるから、カメラを同ポジで全く動かさなかったということはありえない。
洗濯物というリアリティ溢れるものを見せながらも、何かの魔法を見ているような不思議な気分になってくる。

どうなっているんだろうと考えながら出ようとしたら、ご本人らしき方がいらっしゃった。
写真だとごつそうな印象だったけど、華奢な美人だわ。
一瞬逡巡したが、ハゲとは話をしないという雰囲気ではなかったので、自分で気がつかないうちにどう撮ったのか尋ねていた。無意識ってのは怖いよ。街頭でやったらハゲがナンパしているとしか見られない。

磯野さんは私が見込んだとおり大変気さくに、私の疑問について丁寧に教えてくださいました。
なるほどね。よくわかりました。
ということでこの「磯野迪子展」、9月27日までLIXILギャラリーでやっています。興味ある方は足を運んでみてはいかがか。いつも磯野さんがいるかどうかは知りませんが、いれば質問に気持ちよく答えてくださると思います。

インドでもネパールでも洗濯屋さんは、使える場所は全て使って洗濯物を干している。
食事の用意をする場所の近くに干されると、煙の臭いがそのままくっついてしまい、少し悲しくなることがあります。