セミに生まれて

なんで今更セミなんだよ、と思うでしょ。
私もそう思う。セミの鳴き声なんてとっくに聞こえなくなってるし。でも、数日前つまらないテレビ番組を見ていたら、セミは生まれ変わるにはいいぜー、ということになっていた。
幼虫の時は土の中でもそもそしているだけなので、楽しいもつまらないもないが、成虫になってからは毎日が極楽。「セミ、サイコー」と絶叫していた。

だもんで、幼い頃を思い出して、昔話でもひとつ。

本当にセミは絶好調の生涯を得られるのか。
私が真実を知っている。

森や林にセミが多いのは当たり前。従って下関にはセミがとても多かった。
夏になると裏山全体がうねるように鳴っていた。まさに大山鳴動である。小さいんだけど、大きく見えたの。大山鳴動してセミ取り放題。
山が鳴るというのは大げさな表現ではなくて、本当にとんでもなく馬鹿でかい、なんだかわからない音の塊がぶつかってきていた。
あれは何の音だろうと、不思議に思う間もなくすぐにセミだと気がつく。
山が鳴り始めると洟垂れガキ共はこぞって網や竹を持ち出した。

当然セミを取りに行くのだが、これが今考えると、何故取りたかったのかわからない。
取っても取ってもまだまだビッシリと木に張り付いているからきりがない。
こちらは「取れた!」という一瞬が楽しいので、取ってしまうと小さな虫かごにパンパンに入っているセミをもてあましてしまう。

網を使って取る奴はまだ良心的だ。セミとの戦いに挑んでいる感じがする。意外に網でセミを掬い上げるのは難しい。木に網を押し付けても冷静なセミは木と網の隙間から逃げ出してしまう。どん臭いやつは網の動かし方が遅いので、セミは悠々と我々にションベンを引っ掛けて逃げてしまう。あれを何回飲まされたろう。ペッペとつばと一緒に吐き出していたが、ほとんど水と変わりないらしいので、いくら飲んでもかまわない、と思う。あまり美しい光景じゃないけど。

とにかくたくさん捕まえたいという何を考えているんだか分からない馬鹿ガキは竹の先に鳥もちをくっつけて、そーっとセミに押しつける。こちらのほうが網を振り回すよりも動きがゆっくりで、気が付かれないので、確かにたくさん取れる。また、竹のが届く範囲までは採集可能である。つまり、竹を長くすれば理論的にはどれだけ高いところにいるセミでも捕まえられる。

哀れなのは鳥もちで取られたセミで、べったりと羽に強力なのりが付いているので、一度それをやられるとよほど運がない限り、二度と飛べなくなる。
たくさん取ると飽きてしまい、親から「セミは一週間しか生きられんのやけー、逃がしちゃり」と言われ、確かに他にセミで遊ぶ方法もないので逃がすのだが、鳥もち組はアリの餌食になるしかない。
これセミは楽しくないでしょ。全然「サイコー!」じゃない。

どうしてガキはあんな残酷なことができたんだろうか。
自分を除いたような書き方をしているが、私も鳥もちを使ったことがある。
本当に申し訳ないことをいたしました。
二度とやりません。許してください。
ただ、昔の田舎のガキはほとんど同じことをやっています。
罰を下すのなら全員にお願いします。

幼虫から採集したセミが脱皮して成虫になる過程を見ると心の底から感動する。
あの怪獣の出来損ないのような幼虫が殻を背中から破り、柔柔で薄い色をした体をゆっくりゆっくり現すのを見ていると時間を忘れた。そういうふうに成虫になったセミは、気をつけて生きるんだよ、と離してやるんだからガキのやることには一貫性がない。悪ガキにも一分の良心か。

そんなガキ時代を卒業して、バンドに熱中し始めた頃から夜のセミの鳴き声に気をもんだ。
うるさいからではない。普通夜はセミは鳴かない。
静かな夜に、いきなりセミがとてつもない大声で悲鳴を上げるのである。
「ウギャギャギャギャ」みたいな。
なんで夜に飛ぼうとするんだろう、そんなことになっちゃうじゃんかよ。
山に駆け上がってどうにかして助けてやりたくなる。
真っ暗な中、闇雲に飛ぶとクモの巣にかかるのである。
驚いたセミはありったけの力を振り絞り泣き喚く。しばらくその絶叫が続くと「ジジジジ・・・」と鳴き声が消えていく。
クモがぐるぐる巻きに成功したということである。

クモも食い物を採集しているのだから責められないが、あのセミの鳴き声は聞いている人間の胸を締め付ける。

セミ、サイコー!」なのかな。
人間にわけのわからんことされて、クモにもやられてしまう。

ちなみにセミの生態はよくわかっていないことが多いらしく、幼虫でいる期間も様々な説がある。7年が最長説のようで、成虫は1週間と言われ続けたからそう思い込んでいたのだが、1ヶ月、3ヶ月という説もあるようである。

セミは交尾が不器用で、木の上でということが難しいらしく、地べたで行う。危険じゃないの。
私は輪廻転生なんて信じていないが、もし生まれ変わるにしてもセミはどうもね。
猫がいい。

今年、私のマンションにベランダで飛べなくなったセミがもぞもぞしていた。