ネパールでイスラム教徒の祭りへたどり着く その1

ネパールはかつてはヒンドゥー教を国教とする唯一の国でありました。
宗教はヒンドゥー教徒が約82%、それから仏教徒約11%、いくら調べても内容がわからないキラット教徒が3.6%。で、イスラム教徒が4.2%、キリスト教徒は0.5%。
これでヒンドゥー教を国教とするということのほうが無理があった。

現在ミャンマーイスラム教を信仰するロヒャンギ族が仏教徒から迫害を受けバングラデッシュに難民化して流入しているという話を聞くにつれ、あんなに敬虔で優しい顔しか見たことのないミャンマーの人たちの間にもこんなことがあるのかと驚きます。

東南アジアと一括りにしてもいけないんでございます。
カンボジアの中央部の小さな町でやはりイスラム教徒の村にいつの間にか入り込んでいたことがあったよ。その時は驚いたけど、きっと驚くほどのことじゃないんでしょう。

今回はネパール南部のジャナクプルという小さな町からさらに奥に入った名も無き村というか、名前を聞くのを忘れていた村でイスラム教徒の祭りへいざなわれた話である。
ただ、話の前後がないと何故そんなところに行ったのかわからないので、一見関係ない普通の旅話から入らざるを得ない。
一回目の今日はその村へたどり着くまでにさせてください。

これは本当はアーシューラーというイスラムシーア派の間で大切にされている宗教行事にあわせて書こうと思っていたんだけど、いつかいつかと調べているうちに昨日が一番盛り上がった日であったことがわかり、若干の後追いでございます。暦が違うんで、なかなか日が日本では特定できないんです。

2008年1月は1ヵ月間ネパールにいた。
ほとんどネパール盆地の中で馴染みのある場所をぶらいていただけであったが、一度インドの影響の強い東ネパールのタライ平原へ行ってみたかった。
どこかいいとこないかと探していたら、ネパールで唯一鉄道が走っている場所があった。
ジャナクプルである。ジャナクプル鉄道が走っている。
現在はジャナクプルダム駅からインド、ビハール州のジャイナガル駅間、
29キロだけしか通じていないが、乗ってみたいじゃない?
また、そんなにインドに近い場所がどのくらいカトマンズあたりの文化と異なっているのかも見てみたかった。
さらにここはラーマーヤナの主要舞台となった場所のひとつで、シータ王女を祀るジャニキ寺院もあり、ヒンズー教の聖地となっているため、インドからの巡礼者も多い。
その上にだ、リキシャで20分くらい走るだけで、民家の壁をキャンバスにした独特のミティラー・アートで著名なクワ村、ランプー村を訪ねることができる。
すごく面白いのだが、この話は別の機会に譲る。

小さな町なのに盛りだくさんである。


時代の寵児となっているインドでさえ鉄道は相変わらずいい加減なので、鉄道が一本きりのネパールでちゃんと動いているとは思えん。
偏見の塊ですな。
とりあえず運行状況を確かめようと駅に向かった。
時間はわかったが、あまりにもだらけたムードの駅でだらだらと人が集まり、座り込んでやる気なし。
何をもってやる気があるなしを判断するか書いている本人もわかっていないが、普通、駅って「行くぞ」、「帰るぞ」の勢いがあると思う。
ないんだな。
牛は散歩しているし、婆さんたちは線路に座り込んでいるし。

しかし、そのうち列車がやって来て、ざわめき始める。
自転車を窓にくくりつけている。
ひとつふたつではなく、たくさん。
ジャナクプルまで来て、買った自転車なのか、それともそれぞれの駅からの足代わりにしているものなのかは不明。
列車へ我先に乗り込んで、席を確保するという雰囲気でもなく、最初から屋根に座り込んでいる連中がやたら多い。
金は払わんという意思表示なんだろうな。
屋根はただと決まっているのか?

10数年前、同じネパールでチトワン国立公園から帰るのに
バラトプルから飛行機を使ったが、その飛行場、一面に草が生えている。
不思議なのは着陸に支障のない程度まで、いい感じで短くなっていた。
牛が草を食んでいるからである。
飛行機は一日2便か3便なので、離着陸以外の時間は放牧場なのである。
離着陸の際はサイレンが鳴って外に追い出される。
ちゃんと考えてそうなったのかどうか知らないが、共生である。
そんなところもあるのだから、田舎の鉄道の駅がどんなでもおかしくはない。

あんまり面白いんで、皆さんと一緒に座り込んでいたら男が怪しげな英語で話しかけてくる。
これがインドの観光地なら要注意であるが、インドはすぐそこと言っても、ネパール人である。
ヒントはこのジャナクプルではネパール語は話されておらず、
インドのビハール州でも使用されているマイティリー語を使用している。

「俺の村で今日は大きな祭りがあるから一緒に見に行こう」
「行こう。行こう」
で、連れて行ってもらうことになった。
そんな簡単に返事しちゃっていいのかよ、と思われるであろうが、安請け合いは私の得意技だ。
でもチケットも買ってないし、もう列車の中はぎっしり人で埋まってるぜ。
「問題ないから」
偉そうな顔をして、私を引っ張っていく。
列車の中でも我が物顔である。
人を押しのけ、私と自分の席を空けさせる。
こんなことになっているのに、申し訳なくて座ってらんねーよ、と立とうとすると無理やり押さえつけられる。親切なんだか横暴なんだか。

「俺はジャナクプルのラジオ局で歌を歌っているんで、有名人なんだ」
ラジオで歌って有名人?
意味が良くわからないが、コマーシャルソングも歌うし、宗教歌も歌うという。
「俺、『オーム・シャンティ・オーム』知ってる」と流行の映画の主題歌のことを大威張りで話したら、「そうかそりゃすごい」と本物の宗教歌を歌いだした。全然違った。「うんうん、それそれ」という顔をしてはいたが焦りました。

なんとなく同じ仕事っぽいね、てな感じで仲良くなった。
車掌がやって来て一言二言、話をするとあっさり金も取らずに行ってしまった。
無賃乗車である。
周りの人たちも有名人に笑顔で接している。
儲けた。
他の乗客もむやみに私にやさしい。
「今日は俺んちに泊まるといいよ」
と決まっていることのように握手してきたり、食い物も分けてくれる。
ネパール人はほんとに優しいよ。

列車はトロントロンやる気がなさそうに走る。
確か三つ目の駅で降りた。

その2へ続く。