布団を送る

4月から大学生になる皆さん、ご苦労さまです。
勉学にバイトに恋に失恋に孤独に忙しいですよ。
せいぜい苦労するんだな。

田舎から出てくる人はもう上京して4月から住むところを確保せにゃならんね。
いきなり上京してもどこに住めばいいのかわからんでしょ。わかりませんよ。大家は最悪かもしれないし、隣の人間がどういうやつか見当も付かない。
私の場合一番困ったのは、壁があるとは思えないくらい隣の部屋の音が丸聞こえだったことだな。

何故そんなところを選んでしまったかと申しますと、何をポイントに選んでいいのかわからなかったからだ。そもそも与えられた仕送りの金額が決まっていたので、入れるところなんて決まってるのよ。
私はなんと2万円の家賃のアパートを借りた。きっちり6畳にこれ以上狭くできるかと驚くほどのマンチキン用のキッチンが付いていた。あれじゃ誰も料理しないって。
それでも当時の相場でいうと超高級で、早稲田に行った喜永啓多は確か1万円のおんぼろアパートにいたような気がする。4畳半だったんだけど、キッチンが付いていたかどうか記憶にない。あれは部屋を借りているというより、居着いたと呼んだ方がよかったような気がする。
それでも学校のそばだったからまだいい。都会だし。

私は学生は勉強だけをすればいい、というもんのすごく余計なことを親に助言したおっさんがいたせいで日吉に住むことになってしまった。学校まで歩いてしかいけない。バスはない。サッサと歩いても20分はかかる。
不動産屋でその物件を紹介されたとき「大家さんがいい人でねえ」と繰り返すのでどんな美人が来るのかと思っていたら、私の感覚からすると、とても奇妙なものを身にまとわれた無口なおばさんであった。
東京ではこんな人のことを「いい人」というのかと思った。「いい人」ってのがどういう方を指すのか今でもよくわからなくなってしまった。

2万円もの大金を投じたのにはそれなりの理由があった。
都荘という恥ずかしい名前の付いたアパートには風呂が付いていたのである。
7世帯入っていて、一人入ってきつきつの超小型風呂だが、銭湯に行く金が惜しくて、これでチャラだと思い込んだのね。
ところがこの風呂なかなか空かない。
みんな早く風呂に入りたい。
遅くなると風呂のお湯は黒く変色していて、とっても滑らかになり、肌に吸い付いてくるのである。
このお湯に浸かるんなら部屋でタオル濡らして適当に済ました方がましだと後悔した。
ほとんどは学生なんだから若者の油、汗、汚れは半端ではない。
風呂は1階、私は2階。
300%くらい不利でしょう。
5分おきに「風呂は」と覗きに行くが、「入浴中」の札が裏返っていることはまれである。
「空いてます」となっているのを確認して、あわてて着替えを持って降りると「入浴中」の札が私を笑う。

いい加減嫌になって銭湯に行くことが多くなり、1年後には引っ越した。
越したところがまたすごかったのだが、それはまた今度。

今時1万円、2万円のアパートがあるのかどうか知らないが、おじさんが若い頃はそんな生活が当たり前だったんだよ。毎日の食事のことが心配でいつも腹を減らしていた。
冗談に聞こえるかもしれないが、実家に帰って血液検査をするとコレステロール値が異常に低くて、父親から「おまえ毎日何食ってんだ」と怒られた。怒るんならもう少し仕送りを増やして欲しかったな。いや、贅沢な悩みだ。もっと厚揚げを増やすべきだった。

さて、上京する青雲の志を持った学生さんは何を持ってくるのかな。
私の場合は段ボール一箱と布団の入った小豆色したやたら丈夫な袋一つだった。
今時布団を田舎から送るもんかね?
田舎でずっと使っていた年季の入ったもの。
しかし、不思議なものであの布団の入った袋を見ると安心したから、若いってことはなかなかいいもんだぜ。

諸君、たくさん悩んでくれたまえ。

下関、唐戸。この角度の光景だけは上京してきたときとほとんど変わっていない。