サッチャーが残したもの

マーガレット・サッチャーが亡くなりました。
さっちゃん、しんちゃんと呼びあっていた仲だったので、残念です。嘘。

メリル・ストリープが彼女を演じた映画も見ていないくらいなので、特に彼女に詳しくはないんだけど、いろいろ思うところはあります。彼女の首相最後の年、1990年にイギリスに行ったんだから。
サッチャーは私の出発直前にポール・タックス(いわゆる人頭税)を導入して、テレビの中のロンドンは内戦状態かと思うほどだった。ロンドン中心部、トラファルガー・スクウェアでは騎馬警官が走り回る中、催涙弾は飛び交うし、警官にガンガン殴り掛かってるわ、制御不能の大混乱。
日本の安保闘争のときは一応最初は隊列組んでシュプレキコールとかあげてんだけど、そういうのが苦手な方々なんでただの暴動に見えました。やばいぜ。すごく楽しみになってきた、と乗り込んだのだが、着いたらそんな騒ぎはとっくにどこかに消えていた。

ポール・タックスというのは現在のグローバル経済という名の下にある、市場主義の原点のようなものであります。
富裕層への所得課税の累進性緩和を目的に、同様のサービスを受けている国民から全員同額の地方税を取るというものだったのね。これはまあ、ある意味仕方なかったとも思える。サッチャー前の労働党社会保障費が無尽蔵にあるという幻想を持っていたため「ゆりかごから墓場まで」を本気でやっていた。それでお金がなくなっちゃって、諸々の歳費削減をやらないと国がつぶれるということでさすがの労働党も財布を締め始めていたわけだ。
組合はそういうことには猛烈に反対することが仕事だから、ストライキが頻発し、特に公共部門労組のストにはいい加減頭に来た国民は労働党を見捨てて、サッチャーを選んだわけである。

彼女の動きは速く、次々と公共事業の民営化、規制緩和、福祉の抑制、労組の弱体化を打ち出した。みんなもう目が点ですよ。
みんなで仲良く沈んで行こうという「英国病」に罹患していたわけだから、そんなこと突然言われても、な訳でございます。
特に目立ったのは不採算部門の象徴だった炭坑。イギリスの労働階級を代表する炭坑を縮小、あるいは閉鎖に追い込んだんだから、問題は大きくクローズアップされました。

サッチャーが首相の座を降りて、ジョン・メイジャーというラクダに似た顔をした冴えないおじさんが跡を継いだんだけど、もうサッチャーへの恨みは消えることなく、炭坑を舞台にした映画がいくつも作られました。
それが「ブラス(Brassed Off)」「リトル・ダンサー(Billy Elliot)」「フル・モンティ」などなどである。
どれも大変よくできていて、炭坑町のアクセントは正確に再現されているし、なるほどこんなことがあったのだ、と、ま、事実かどうかは置いといて、当時の状況を知るにはよい教材となります。どれも大ヒットしました。
そういう意味ではサッチャーは遠回しではあるけれど、いいものを残しました。

大ヒットしたことからわかるように、イギリスではサッチャーがボロボロになったイギリスを立て直した、という理解はあるものの、その強引な手法は今となっても怨念として残っている。

面白いのはサッチャーの跡を継いだのはその冴えないジョン・メイジャーだったんだけど、彼はドンズバの労働者階級出身。特に大きな失策はなかったんだけど、「退屈な奴」「飽きた」というイメージが張り付いてしまい、総選挙で敗北して労働党の復活となる。18年ぶりの政権である。それを率いたのが上流階級出身のトニー・ブレアで若くて、ハンサムで、行動的でということで、なんとサッチャーまでも「私の跡を継ぐべき人間」とまで持ち上げちゃった。
ジョン・メイジャーはそんな中、静かに退場して行ったのであります。
イギリスはやっぱり労働者階級には冷たい国だわ。

トニー・ブレアサッチャーの期待に応え、細かいところでは違いがあったものの、常にアメリカと敵対することなく、仲良く金融至上主義経済を作り上げました。おかげでイギリスの銀行はすべて外資に買われてしまい、民族資本の会社はなくなった。
面白いでしょ。

一つ持ち上げとくと、サッチャーパレスチナ問題には真剣に取り組み、和平の実現を目指していました。その理由はもちろん単純な理想主義だけではないんだけど、その後の世界の指導者が口だけで何もできていないことを考えると、彼女のような強引さはパレスチナ問題については必要ではないか、と考える私である。

一時、ロンドンから大好きな二階建てバスが消えていたんだけど、また復活するって聞きました。本当でしょうか。
私は2階の一番前が大好きでした。