髪を切って、高橋ちゃんとお別れ

なんだかんだと髪を切リに行くことを先延ばしにしていた。
2ヶ月弱放っておいた。

私はその間全くあごひげの手入れをしないので、ほとんど顔の半分が真っ白。3センチくらいまで伸びた白髪のヒゲで覆い尽くされているからです。まだ白髪が交じり始めていた頃は、同僚が「大倉、ヒゲ生やすのはいいけど、白くなった奴は抜いた方がいいよ」と助言をくれたことがある。もう20年くらい前のことになるのか。ふーん。
今それをやったらとんでもないことになる。顔からすべて毛が消えてしまう。ツルンとした人間になる。いやだなあ、ツルンとするのは。

毛がないのにどうして散髪に行くのかと疑問に思う方もいるだろう。
あたかもツルッパゲのような印象をあえて与えていたが、実は私の頭は織田信長のような仕組みになっている。
織田君は剃っていただけだが、私も彼が剃っていた部分の毛が極めて薄い。しかし、それ以外はごく普通の人の髪が伸びるのと同じスピード、濃度で毛が生えている。
時々、「織田信長みたいなちょんまげを結ってみようと思う」と半ば本気で口にすることがある。皆さん「プププ、そんなことできませんよ」と笑うが、できるんだよ。
昨日も私の髪をずっとお願いしている60代半ばのおじさん、石田さんと相談した。
「これだと5年も伸ばしとくと織田信長のちょんまげ結えますよね」
「結えますね」
クールだろ。

しかし、これから暑くなるにあたり、既に今でさえ我慢できなくなっているのに、「生えてないところだけ、毛を整えてください。後は伸ばしっぱなしにしますから」とはとても言えず、日頃よりもきつめに短くしてもらった。10m離れたところから見ると完全なハゲに見える。それでもいいじゃん、人間だもの。

髪を切っている間に私の通う理容室では女性が爪の手入れをしてくれる。何をしてくれているんだかよくわからないが、顔を当たった後、顔だけオイルマッサージもしてくれる。それが全部気持ちいい。
どの方もお上手なんだけど、長年のおつきあいで私の娘よりもほんの少しだけ年上かなという高橋ちゃんが私のお気に入り。ちなみに高橋ちゃんとは一度も呼んだことはない。
ああ、今日も気持ちがいいなあ、とほとんど寝そうになっていたら、石田さんがびっくりすることをおっしゃる。
「大倉さん、高橋とはもうこれが最後になりそうですね」
動揺を抑えて「寿ですか」と大人の対応をしてみたら、「寿じゃないんです」とお答えになる。
石田さんが「なんだかいい働き先を見つけたようなんですよ。ここにいればいいのにねえ」と解説してくれる。
そうか、石田さんも高橋ちゃんのファンだったんだ。
歳とると清純派がいいよね。
他の皆さんも清純派なんだけど。
石田さんと私には高橋ちゃんが特にそう見えてたんだよね。

高橋ちゃんも少し名残惜しそうにしていたのは、気のせいかしら。
ほとんど会話らしきことが成立したことはないんだけどさ。

「じゃあ、高橋さん、お元気で」が最後の会話になっちゃったな、とお店を出て、「下で領収書見せると抽選会に参加できますよ」とそれが本当の最後の会話だったことを思い出し、行列に並んでスカを4つ出したあと、「トートバックが当たりました」と派手に鐘を鳴らされ、ああ、恥ずかしいと駐車場に向かったところで、駐車券をもらうのを忘れていたことに気がついた。チョーかっこ悪くないか。しかし、駐車券は大事だ。またお店に戻ると高橋ちゃんが、何しに来た、と怪訝な顔。
お互いに「すみませんでした」と謝り合い、それが本当のお別れとなった。

さっぱりしたけど、淋しい日になってしまった。
元気で暮らすんだよ。町で会ったら声かけてね。会わないね。

よく考えたら、娘よりもっと年上だな。