D坂の往来堂書店

D坂とは言わずと知れた団子坂。
現在の地下鉄千駄木駅を地表に出ればそこが団子坂下。
その団子坂で殺人事件が起こった。明智小五郎は危うく犯人にされるところ。
どうする、明智
明智小五郎はいきなり産声を上げた。
生まれてすぐに殺人事件の犯人と疑われてしまうのだから不幸だ。
江戸川乱歩はそんな具合に明智小五郎を生み出した。

江戸川乱歩ってはっきり覚えてないんだけど、「スケベ」という刷り込みがされてしまっていて、どうしてもそこから抜け出せないでいる私だ。
確か誰だったか有名な作家が江戸川乱歩について、「昔読んだ乱歩の本に『乱歩スケベ』と書いてあるんですよ。僕が書いたみたいなんですが」と語ったか、書いたかしたものを聞いたか読んだかしたんです。
恐ろしいですね。
それ以来、ずーっと江戸川乱歩はスケベだと思い込んでいるんだから。本当にそうだったかもしれないけど。

乱歩は作家になる前に団子坂で実際に「三人書房」という古本屋を営んでいたこともあるんで、団子坂に対する思い入れは激しい。それでかどうだか知らないけど、小説ではD坂になっちゃった。かっくいいね。
芋洗坂はI坂になるんだろうな。宮益坂はM坂。東京には坂が多いんで、殺人事件を扱った小説のタイトルに困ることはないね。
そういうふうにしとけば、江戸川乱歩好きは必ず買うと思うぜ。
今後悔してるのは、一昨日D坂付近に行った時、その辺りのおばちゃんに「D坂はどこですか」と聞くのをすっかり忘れていたこと。「普段からD坂って呼んでるよ」って言われたら痺れるなあ、と思ってたんだけど、確認できませんでした。

さて、私はD坂にそんなに強い思いを抱いているわけではないので、団子坂を確認し「なかなか、面白い」と一言い残して、そのまま根津方面に向かったと思ったら、全く逆走していて、しまったと思ったときにはもう頭から大量の汗が吹き出ていた。
それからまた千駄木駅に引き返し、無駄な20分を使ってしまった。
まあ、よくあることなんでしょげてはいなかったけど、こういう場合の暑さはこたえるね。

この不忍通りを歩いていて気がついた。
短い道中なんだけど、中華料理屋さんが大変に多い。幸楽のようなタイプじゃなくて、本格中華の構え。ラーメン戦争地区じゃなくて、本格中華料理戦争地区に指定しよう。
不思議なもんで私の昔のオフィスは並木橋にあったんだけど、渋谷駅から並木橋まではラーメン戦争地区だったのよ。新しいラーメン屋が出来ては消え、それはもう戦国の世だった。落人たちは元気に暮らしているんだろうか。

サラリーマンがウジャウジャいる場所ではラーメン屋、自営業の人が多い場所は本格中華料理屋が多いって仮説はどうかな。
なんか千駄木周辺の方が余裕だな。

いつまでたっても本題に行き着かない。

私は千駄木駅から不忍通りを5分根津に向かって歩いたところにある千駄木往来堂書店を目指していたのであった。
この往来堂書店は本好きな人間ならば誰でも一度は耳にしたことのある、著名店である。隠れたラーメンの名店みたいだ。
ラーメンのことは忘れてください。今度そこで働いている方に会った時絶対怒られるんで。

余計な時間をかけてたどり着いたので、全身汗びっしょり。不思議なのは人間歩いていると汗はかくが、立ち止まるといきなりそれまでの3倍くらい汗が噴き出してくる。どうしてかしら。お店を見つけてさっさと中に入ってんだけど、汗を拭くのが大変で、しばらくはタオルで主として頭と首を撫ぜまわしておりました。

落ち着いて眺めてみれば、入った正面の雛壇にはドーンと「D坂文庫 2013夏」と銘打って、さまざまな職種の皆さんが「これを読まないと一生後悔するよ」という文庫を推薦している。帯にキャッチフレーズと短い解説が書かれている。全55冊。皆さん渾身の選本である。
私は長年「BOOK BAR」という本を紹介する番組をやっているので、本を選ぶ難しさはよく承知している。それは皆さんが思っているより実は大変なんだけど、「一冊選んで推薦」というのはこれはもう大海の中からメダカを掬うようなことで、胃が痛くなるような作業である。だって、何を推薦したかで「こいつはこーゆー奴か」と思われるような気がするもん。
たとえバカでもバカと思われるのは心が痛む。

私は友人がこの書店で働いているので、声をかけてもらい、推薦者の一人に入れていただいた。
往来堂のキャンペーンに参加させていただくなんて名誉なことはない。
声をかけられて、書式が決まった案内をもらった翌日には原稿を送ってしまった。
あんまり早いと「考えてないんじゃねーか」と疑われそうだったんだけど、こういうのは真っ向幹竹割りで行かないと、迷い始めたが最後決められなくなってしまう。
「大倉さん、早ーい」と返事をいただいたが、う〜ん、考えなかったわけじゃないんだけど、頭に浮かんだ本をそのままエアケイのように瞬時に打ち返したのよ。

自分が書いた本じゃないけど、帯を書いた本は売れて欲しい。
どうなんだろう。
「売れてますか」とお聞きしたかったが、絶対に「あんた誰」と言われるに決まっているんで、他の皆さんの選んだ本を「さすがだねえ」と感心しながら、シオシオになっっていた。
私が何を推薦したかはここでは書きませんので、是非千駄木往来堂書店に行ってご確認の上ご購入いただけますようお願い申し上げます。

しかし、なるほどこれがあの往来堂の書棚か、なるほど、これはもう通うね。家が近ければ。
書店には小学生の頃から通っている。
本を見ていると時間を忘れる。
ちょっと約束に時間まで間があるときは必ず書店に入るが、気がつくと「え〜!」というほど滞在してしまっていて、慌てて駆け出すことになる。

大きな書店が好きなのはその本に包まれている感じがたまらないからだけど、最近では意外に最新刊中心で、「あら、こんな本が置いてあるのね」というビックリがなくなってきてしまって、「だいたいわかっちゃてんだよね」的にぐるぐる周回魚のように歩き回っていることが多い。
それはそれで仕方のないことなんだろうけどさ。

この往来堂は狭いよ。
この狭い店内でどんなふうに客を満足させるかを考えに考え抜いている。
棚をうかつに見飛ばせない。
あらゆるジャンルに渡り、どの本を入れるのか真剣そのものなんで、棚の一冊一冊全部を見て回らないと戦えない。相手が本気だからな。こっちも本気で戦ってやんなきゃ申し訳がない。
現在積読本が200冊を超えるのではないかと思われる私の部屋であるから、なんでも面白そうなものをどんどん買ってというわけにはいかないが、とりあえず今回は一冊「こんなの出てたの?」という私の大好きな高橋秀実の「男は邪魔!」を購入いたしました。高橋さんはよく女性に間違えられますが、男性です。奥様もいらっしゃいます。
帰りの電車で爆笑しながら読みました。

私は書評で本を買うことが多いんだけど、意外に書評で扱われた本は書店に置いていないことがあって、仕方なくアマゾンで買うことになる。どんな大きな書店であっても置ける本には限界があるので、これはやむを得ない。
私が望む書店の姿はですね、この書店に行けばこの方面の本はまずあるだろう、あるいはこの書店に行けばこちらの予想を裏切るような本と出会わせてくれる、と思わせてくれるお店。
安心させといて、ギョッとさせてくれるお店だ。
一昨年くらい前、「この本屋が面白い」というたぐいの雑誌特集が何回か組まれたが、みんなどうなったかな。
何でもあります、という書店には意外に驚きがないのよ。
来るなら来い、来ないなら来るな、という書店があってもいいでしょ。
往来堂さんは「来るな」とは絶対に言わないだろうけど、そんな殺気を感じさせるお店です。
でも、店員さんは全然怖くありません。
行きたい人は行ってみてはどうか。

入り口は意外にもすんなり通してくれる往来堂だ。