「八重の桜」が終わりまして

本日の「ごちそうさん」。
震災をどう描くかで試されるなあ。

本題。
この番組は私には珍しく全回見せていただきました。
何故だ?
八重さんを見たかったからですね。
八重が主人公なのか、兄様なのか、前の亭主なのか、新島襄なのかどんどんわからなくなるリレー主人公制をとっていたようだけど、八重さんは毎回出ていたからまあいいの。

私が東京に大学で出てきて以来繰り返される会話。
「どこ出身?」
「山口です」
「長州か〜」
「それがなにか」
山口の田舎に住んでいて自分が長州出身なんてことを自覚することなく、なんでそんなことを聞かれるのか不思議でなりませなんだ。ものすごいバカでもなかったんで、長州が倒幕の先頭に立っていたことくらいは知っていたんだけど、それを1976年に蒸し返されるとは思わなかったわ。
あんまり皆さんが「長州、長州」と指差すんで殴られんのかしらと思いましたぜ。
下関にいたころはまわりには山口県人しかいないわけで、その特殊性なんて考えるわけないでしょ。
東京にはいろんなところから人が来ているんだということを実感したね。

そんなことを思い出しながら番組見ていたんだけど、あの会津の頑迷さには少々やり切れなさを感じ、そんなメチャまで長州はしとらんぞ、いくらなんでも膨らましすぎちゃおらんか。
全員死ぬ覚悟って、死んでどうするん。
そんな闇雲な。
それでも会津藩士で明治になってずいぶん登用された人間がいたわけだから、その辺りはご理解いただきたいですよ。
今回の戊辰戦争の描き方にはいろいろと意見を言う方もいらっしゃいますので、これを機会にもう一度勉強してみたいですね。

そんなことよりも、昨日の放送でもともと新島襄にかわいがられて、キリスト教を学び、ジャーナリズムの世界に飛び込み、自由主義、平民主義を掲げていた徳富蘇峰がいきなりとんでもないタコ野郎に変身していたのに驚きました。
知ってはいたけど、ドラマで見るとホンマに蹴飛ばしたくなるわ。
日清戦争前あたりから膨張主義を盛んに唱えるようになり、三国干渉で遼東半島を返還することになったあたりから、もう止まらない。
「これが国民の声」「国家があってこその国民」
確かに日清日露の戦争では国民は何が起こっているのか、これがどこに向かうのかわからぬまま提灯行列、万歳の声鳴り止まず、という調子だったわけだから徳富の言うこともまんざら嘘ではないが、新聞各社もすべてが同じ方向を向いていたのは間違いない。
唯一救いは徳富だけは日露講和の条件に賛成したことくらいか。
それに怒った群衆が売国奴新聞と徳富の国民新聞社を襲撃しよった。
自分でまいた種と言えなくもない。
いや、その通り。

その後は軍と呼応するようにイケイケドンドンである。
ああ、同志社の灯は何処へぞ。

徳富蘇峰の評価についてはあまりにも本人のふり幅が大きく、膨大な資料を当たらないとこんないい加減な駄文で始末してしまうわけにはいかないが、個人的には朝鮮併合、満州事変、中国侵略について多くの国民を誤った方向に導いてしまったと感じております。

最終回にこんな場面を持ってくるとは思わなかったが、今、私が感じている「とても嫌な気分」と同期してしまい、その辺はNHKさんいかがお考えだったんでしょうか、と伺いたくなる次第でありました。

しかし、下関出身者としては「尊王攘夷」ってなんやったんやろうか、と常々頭をひねる私である。

ここは戦場ヶ原、通称忠霊塔と呼ばれる公園なんだけど、中央の塔は日中戦争第二次世界大戦戦没者の慰霊碑であります。
今は春は桜の名所となって賑わい、夏は私の出身高校の吹奏楽部の生徒がブカブカ練習をしております。