ああ、せわしない

年の瀬はやることはなくても、考えることが多くて、じゃなくて、ゾンビの夜回りでせわしなくてしょうがない。
昨日はおかしな時間に「我に返った」娘がいきなり部屋の掃除を始めたが、それを「いいことだ」とは思わず、「余計なことをしてくれる」と顔を歪めた私であった。

会社をやっていた頃は、毎年年末に床を清掃業者の方にお願いして水を使って掃除するんで、「今日中に必ず床のものを机の上か棚に上げておくように」という指示があったんだけど、私はもしかしたら許されるんじゃないかと「これはいいかな」と放っておくと、必ず「いいかげんにしろ」と怒られていた。

机の上は大掃除。
そんなん人の勝手にしといてくれんか、と思うんだけど、あんまりうるさいんで、グシャグシャになっていた積み上げられていたものを、垂直に積み上げて「さっぱりした」と気分よくしていた。
年末は急がしいんだからいい加減にしてくれよ。

もう現在の私の部屋はそんな叱咤激励でどうにかなるレベルを300%くらい超えていて、手の打ちようがない。
入らないものをただ他の部屋に置いとけないんで、どんどん積み上げていった結果、デスクの上はキーボードスペースが空いているだけ。
その他の部分はすべて山脈状態。
何かをここから探し出すということは不可能である。
机に向かうのにゴミ箱をまたいでいかなきゃ行けないんだもん。
強い憤りを感じるんだが、誰にぶつけようか。
誰も相手にしてくれない。
さすがに今これを書いて改めて見回すと、これは人間の生存をかけた戦いであることがわかる。
また地震が来たらどうするつもりなんだろう。
デスクに座っていたら大変なことになることくらいわかるぜ。

もう一度冷静になってみよう。
何故こんな状態になっているのか。
捨てられない本や読んでない本やカメラやCDや新聞の切り抜きや資料や写真や写真パネルやがあるだけで、別にカップヌードルのからとかペットボトルとかスナック菓子とかの残骸があるわけではない。
そういう意味では清潔なもんだ。
ゴミ屋敷に住んでいる方とは少し趣が違うんですよ。

しかし、困っている。
1年後の今日の状況がすでに想像できる。
10年後の今日の状況は想像したくない。

やっぱり娘のように我に返る必要があるんだろうか。

今日は夕方から私が畳んでしまった会社の忘年会。
存在しない会社の忘年会ってなに?

何でも公開するってのはいかがなものか、と思うんだけど、まあ、こういうことですよ。