病院行けよ。

私だけが気がついたのかと思ったらたくさんの皆さんが「あれ、なんで?」と話題にしていた。
しかもずっと早く。
書くのやめようかと思ったんだけど、テレビをお持ちでない方もたくさんいるので業務連絡及び注意喚起の意味で簡単に。

ボルタレンのCMでソフトバンクホークスのトレーナー東さんが「痛みが取れなかったら病院行けよ」と大変に好感の持てる棒読みでいい味出しているCMがございました。
東さんの人間性が出ているようで、私はボルタレンじゃなくてモーラステープを使っているんだけど、機会があれば使ってみようかなと思ったり、なんて思ってもいないことを書いてみたりして。
特に感動を呼ぶとか、光が見事だとか、アングルがすごいとかそんなものではないんだけど、限られた予算の中でいいキャスティングして、そこそこ説得力あるなあ、とほんわかしていました。

ところが、この2ヶ月くらいかしら、「病院行けよ」が「病院行こう」に変わちゃったのよ。
まただぜ、どこぞの阿呆がいちゃもんつけたな、とがっかり。
「上から目線だったからかな」とか言われておりますが、プロのトレーナーが専門家の立場から話をしているという設定なんだから、その角度で何の問題もない。
そうでなきゃキャスティングした意味がない。

えー、実は広告業界と申しますのはこのようなたわけたいちゃもんに常に悩まされております。
もうやめちゃったんだから本当は何も言わずにおこうと思ったんだけど、私のいた会社では常にこのたぐいのクレームに悩まされていたので、ちっとだけ物申させて。

だいたい上記のボルタレンのCMで何人が不愉快に思ったんだよ。
どのような表現も気に食わないって連中がいるんだよ。
クライアントが文句言うのも腹立つことはあるけど、それを説得するのが仕事だから、喧嘩したり、妥協したりしながらも折り合いは付けますよ。
CMは芸術作品ではないけど、伝えたいことをいかにうまく伝えるかを考えている人間がお金もらって必死にそれを実現させようとしてるんだから、大まかなところで合意しているのであれば枝葉末節に口挟むのはやめないですか。
ま、そういう割にろくなCM見ないんで、何とも歯がゆいところはありますが。
ともあれ、原則的にはお金をもらっているんだから、伝わらないと思うことについては徹底的にクライアントと議論するというのが私のいた会社の方針でありました。大きい会社じゃなくて、小さな会社のほうね。
毎日クライアントとはヒートアップした議論三昧。
疲れちゃうけど、それが本来の業務・サービスですよ。

それはよいとして、次に来るのは放送局の考査。
何故か私達のCMは考査で文句つけられることが多かったのよ。
その前に媒体を購入している代理店か。
クライアントの了解を取って、自信を持って搬入するんだけど、これがね、まず局へ行く前に「これじゃ、考査通りませんよ」
と来る。
「いや、何が何でも通せ」
「責任持てません」
媒体を購入した代理店の立場も理解できないわけではない。
局からはねられたら放送できなくなるから責任の所在をはっきりさせとかないと火の粉が降り掛かって来る可能性があるんだもん。
よくあったのは「無音じゃ放送事故という誤解を生むんでダメなんです」でありました。
「無音じゃないって、よく聞いてみろ、ちゃんとアンビエントサウンド入れてんだよ」
「聞こえないです」
「聞こえるって」
みたいな。

著名なDJを海外から呼んできて撮影したら、最中にやつはレコードを叩き割った上に火をつけてそれをターンテーブルに乗せてキュキュッとやっている。
放火してるわけでもなし、真似しなよ、と誘っているわけでもなし、なーにが悪い。
「火はNGなんですよ」
「たき火のCMあるだろう」
「でも普通はレコードには火をつけません」
「こいつは普通にやってんの」
みたいな。

で、なんとか考査通ったと思ったら、今度はまたクライアントから。
「視聴者からクレームが3通来ました」
「放っておきましょう」
「いや、そういうわけには」
「あの、全国何千万人が観てる中の3人でしょ」
「でも、クレームには対処しないと」
「じゃ、『何も問題ありません』と答えましょうよ」
「いやー」
ってなことが何度あったか覚えていないくらい。

「病院行けよ」が「病院行こう」にされたのは恐ろしい。
言葉狩り以前の問題で、何でもクレームがつけば大切な言葉を変えなきゃ、とパニクッてしまう姿勢が怖い。
クレームが来たなら説明すればいい。
相手がわかってくんなきゃ放っとく。
不買運動起こすぞ」
と言い始めたら、「どーぞ」と答える。

メチャクチャなことを言っているように感じるかもしれないけど、すごく大事なところです。
もう一度繰り返しますがCMは芸術ではないけれど、表現物です。
それを訳の分からない理由で変えられるということは、表現の自由を侵すことと同じです。
こういうことが当たり前になって来ると、どんどんあれもこれもダメダメということになる。
広告の仕事をしていない人間が騒いでも意味ないけど、黙っててはいかんと思い立ってしまったもので。

仕事も戦いだぜ。

イギリスではコンテを事前に当局に提出して許可を取らなければいけませんが、あーだこーだ言われることはほとんどありません。
CMのクオリティは非常に高いです。

長いこと一緒に仕事をしたピーターの家の庭。
今でも泊めてもらっています。