拡散

なんに驚いたかって、昨日の記事のアクセス数に一番驚いた。
ブログ毎日書いてるんだから、誰かしらに読んでいただきたいわけだけど、いきなり凄まじい数の方々にアクセスしていただくと何が起こったんだろうと不安になってしまう。

なんだか変だよな、と思っていたことを素直に書いただけで、計算ずくでネタを吟味したということはないものだから、刻々とブログ、FBの「いいね!」が増えていくのを呆然と眺めているだけ。

嬉しいというより、こういうことが起きるのがこの電脳世界なんだということを改めて実感しました。
普段のアクセス数であれば「ふんふん、こんな感じだよな」で納得できるんだけど、ここまで数字が急進すると途中からよこしまな考えが頭をよぎる。
一冊だけ出版した私の本「漂漂(ふわふわ)」の販売数の10倍の数のアクセスとなると、あの金かけて作った本は一体どう位置づけられるんだろうか。
もしかして、これ本にしたらドエリャー儲かるんちゃうやろうか、というのは今思いついただけで、当然本気ではない。

「拡散してください」という言葉を初めて聞いたのは、何人かで会議をする時間を決めるとき。
「拡散してください」と書かれたメールをどうすりゃいいのかわからない。
まさかメールを大量にコピーして高層ビルの上から撒くことじゃないことくらいわかったんだけど、それが自分の予定を書いて全員に返信することだとは思わなかった。
「それでみんなが自分に合う日を上書きして広げていけば、あっという間に日程調整ができるんですよ」と教えてもらって感心するほどのことじゃないんだけど、「確かに」とは思いましたよ。
でも、それ、拡散なんて言わなくてもやってましたよ。

でまあ、昨日の記事はそれとは全く違う意味で拡散されていき、本日も朝も早よから数字が上がっている。
う〜ん、なんだか責任とれないっすよ、って心持ち。
別に嘘書いたわけでもないし、責任取らされるようなことを煽ったわけでもないんだけどな。
この気持ちわかっていただけますでしょうか。

ブログは誰でも読めるようにしているわけなんで、現在自己撞着を起こしているんだけど、拡散されるということが実感されてしまい、再び何を書いていいのかわからなくなっている今朝の私です。

鳩が豆鉄砲食らって泡食っている状態というのが一番ピッタリ来るかな。

こういう時は故郷の山を眺めて自分を取り戻そう。
故郷じゃないけど、故郷みたいな気分になる萩のむつみ村。