エニスに籠る

これまでアイルランドでシャワーに打たれたことはあるけど一度ドシャーとくると上がってしまい、その後は幸せな時間が過ごせました。

しかし、ここエニスに来て天気の変わり身の早いこと。
安心して歩けない。
起きる前にすげー土砂降りの音が聞こえる、聞こえなくなる、カーテンを開ける、雲ひとつない青空、これはいかんと出かける準備をしていると、また土砂降り、あーあ寝てよ、とすると、あら、雨が上がって清々しい空気が私を外に誘う。
えーいって出かけるでしょ、5分歩くと一転にわかにかき曇り、また土砂降り。
ついていると言いますか、だいたいそういう時はガソリンスタンドの近くにいるので併設のコンビニに逃げます、すぐに上がる、歩き始める、雨になる、軒下に隠れる、晴れる、隠れる。
こんなことやってらんねーよ。

レンタカーを借りるんだった。
エニスの町にもレンタカーのお店はあるんですよ。
ちゃんとツーリストインフォメーションで確かめといたの。
KIAのディーラーが趣味でやているような車を数台しか置いてないようなとこ。
しかし、あれだな、止めてある車の中をアイルランドに来てから覗いてたんだけど、オートマチック車は見たことがないけど大丈夫かね。
昔のロンドンもそうだったなあ、なんて懐かしくなったりして。

アイルランド人はみんな人がいいよ。
謎の東洋人がいきなりお店に現れても顔色変えないもん。

昨日、通りかかった車の中から若いバカもんに罵声を浴びせられ、頭に来たもんだから、その車を全力で追いかけて、渋滞で止まったところでバンバン窓ガラス叩いて開けねーと窓ぶち割るど、と怒鳴ってみたけど、知らん顔。
私のカメラは非常に頑丈にできているので、カメラバッグから抜き出し、前面のガラスに叩きつけてやろうとしたら、泡食って窓開けたぜ。
「オメー、さっき俺に向かって叫んだよな」
「何も言ってません」
「いーや、叫びました。もう一回言ってみ」
「嫌です」
「なんで?」
「なんでってなんで?」
「すかしてんじゃねーぞ、俺がなんでって聞いてんだよ。よし警察呼ぼう」
「来ませんよ」
「やってみなきゃわかんねーだろ」
「言いました。Fxxx, £\%#~*~<}*@&です」
「ほーれみろ、言ってんじゃん。俺頭悪いんで、そんな下品な言葉よくわかんないんだけど、訳してみてくんない」
「できません」
「なんで?」
「・・・・・・」
といことに近いことがありましたが、そんなことは0.0000001%の確率でしか起こりませんから、皆さんはご安心ください。
アイルランドでは本当にこの一度の例外を除いてはどこでもとてもよくしていただいています。
(注)この話はこの段落の冒頭以外の部分は山盛りに盛っています。

しかし、ああいう言葉が自分に向けられると、普段湧き上がることのないものすごく嫌な感情が表層に現れるのはなんなんだろう。
日頃からこんな思いをしている人達がいると思うと涙が出てきます。

話を戻さなきゃ。
気持ちのいい笑顔が素敵なお嬢さんが「こんにちは、何かお探しですか」って挨拶してくれます。
レンタカー担当の兄さんも親切だわ。
「えーっとですね、最初に二つお聞きしたいんだけどいいかしら」
「なんでもどうぞ」
「私ね、国際免許を手配する時間がなかったんで、持ってないんですよ。でも、イギリスの古い免許は持ってきたの」
24年前に手に入れた写真も何もない、紙だけの免許証。
こんなもんがイギリスで免許証として通用していたことの方が不思議なんだけど、事実その通りなんでございます。
ちなみに現在では、新しい形態のものに変わっていて、日本の免許証みたいに写真付きのカードでございます。
「こんなもん、ただの紙くず。使えないよ」
とこともあろうに、日本にいる友人から突き放されていたんで、半ば諦めていたんだけど、アイルランドじゃ違います。
「大丈夫ですよ。全然大丈夫」
ほら。
これで車貸してくれるってんだよ。
ありがたい、ありがたい。
「でね、もう一つの質問なんだけど、オートマチック車しか運転できないんだけど、置いてます?」
「あーん、オートマチック車はこの国じゃ、ほとんどないんですよ」
「知ってる。研究してたから。そこをなんとか」
「うーん、この店では扱ってないんですよ。マニュアルでも大丈夫なんじゃないですか」
ニコッと笑うんで、その気になりかけたんだけど、なんせ、35年くらいマニュアル車運転してないんだから、お気楽に「うん」とは言えないんだよ、ワトソン君。
エンスト、坂道逆行なんてことが一度や二度じゃすまない。
「あー、やっぱり無理か」
「明日なら」
明日ならなになになに?
「明日ならマニュアル車が戻って来ますよ」
いやー、無理なんだよ。
事故起こして帰れなくなると、こういう私でも困ったことになるのよ。
「本当にありがとう。時間使わせて悪かったね」
と席を立とうとしたら、「あ、これ僕の名刺です。もしマニュアル車でもいいかな、と思うようなことがあればいつでも携帯に電話してください。すぐに予約しときますから」
どこまでも親切な若者だ。
もう一度お礼を言い合って、お店を出かけました。
雨が降っていて、出られない。
どうにも気まずい。

そんなことがあって、10分おきに襲ってくるシャワーに泣きそうになりながら、エニスの町に閉じ込められてしまったのよ。
明日、明後日もおとぎ話に出て来そうなくらい綺麗なこの町で過ごすことになった私の運命や如何に。
ほらこんなとこ。

すでにこの町の全ての路地を踏破していていつつも、ツアーバスとかに乗る気が全くない私は、きっとこれまでと同じように町ブラしてんだろうな。
アイルランドに来て、初めて失敗したと打ちのめされています。
日本でたまにはマニュアル車運転しとくべきだな。
皆様も是非。
いつか役に立つことがあります。

エニスの巨大スーパーマーケットに二つだけあるベンチにて。

この写真に騙されてはいけない。
この5分後、土砂降りになり、10分後に晴れ、15分後にまた降りました。