寒いかな

世の中、寒いらしいじゃない。
自宅で丸一日仕事をしていることもあるので、翌朝のテレビで「ほら日比谷公園の池もこんなに氷が張って、噴水の水までカチカチ」と教えられると「へー」っと思う。
一応申し上げときますが、私の住んでいるマンションは朝からガンガン日が入ってくるので、暖房を効かす必要がない。無駄なエネルギーは使っておりません。

しかし、こんな生活をしていると「日本の素晴らしい四季」を感じなくなってしまう。まずいね。まずいかな。でも「天国に一番近い島」は年中暑かったよな。暑くても素晴らしい国はたくさんある。

ただテレビ見て「へー」なんて思っていると、羊のように感情を失ってしまうような気がする。身体性の喪失だな。どうも羊は何を考えているのかわからない。寒かったり暑かったりするんだろうか。「さっむー」「あっつー」って感じの格好をした羊を見たことがないので、そう思ってしまう。。
写真は30年前、真冬にスコットランド沖のルイース島で出会った無表情の羊。私はその地でロケの間ずっとアートディレクターとコピーライターにいじめらていた。いつも泣きそうな顔をしていたので、羊になりたかった。

寒さに耐性をつけるため、真冬のグリーンランドにも行った。てな悠長なことをするはずはなく、ロケで仕方なく出かけた。イギリスの代理店との共同制作。現地のコーディネーターからこれだけのものを身につけていないと、命の保障はできない、とまで言われて一体何人の大男が身につけたのだろうと思うほど年季の入った防寒具をつけて、ロケ現場のどんだけ厚いのかわからないほどの氷の張った湖まで引きずられて行った。

さすがにそれだけの防寒具を身につけているので、歩き回ると汗をかく。暑くて上半身裸、じゃなくて2枚くらい防寒を脱ぐと、すぐに凍え始める。歩いては脱ぎ、すぐにまた着用を繰り返す。でも風邪は引かない。菌が存在しないから。そうにしても、もう動きたくない。じっとしていると「Hey! Shin! Come over here. It's so beautiful.」と大声で私を呼ばる。 何でお前らはそんなによけいなことをしたがるの?ロケで来てんだよ。じっと撮影見てろよ。落ち着きのない連中。

あげくの果てには撮影は任せようぜ、のノリで、氷河の上に行ってみようと誘うんだな。そんなもう、なんなのお前の仕事は?
スッゲー行きたいじゃん、ということですぐに氷上車に乗り込み、10分後には氷河の上。
その光景は言葉にできない。荒々しかったり、柔らかだったりする見渡す限りの氷河。
寒いの暑いの言ってる場合じゃない。背筋に寒気が走ったのは寒かったからではない。
「あー、俺が必要だったのかどうかわからないロケに来てよかった」と心の底から思った。
クライアントのイギリス人も「Shin! How can I describe this?」と感激の様子。
あんたが氷河に感激してどうすんの。撮影見とけよ。だから1年後にクビになったんじゃないの?
という和やかな雰囲気の中撮影は終了し、おまけに撤収の作業中から空にはオーロラが自在に色、形を変えて登場した。

あれやっときゃよかった。水で濡らしたタオルを振り回すやつ。それだけが心残り。
寒いのも面白いね。

壁のように見えるのが氷河。湖の上で氷河に近づいてはいけない。上から氷の塊がときどき落ちてくる。