ワンタン麺

日曜は食い物の話でいいんじゃないかな、という理由にならないことはわかっていても、今日は気軽に書きたい気分。

日本で一般的にワンタン麺というと、あの餃子の皮のようなビラビラにおまけのような肉のミンチがくっついているのを指すが、全然違う。

あのビラビラの感触は嫌いではないが、ありゃ本場中国からすれば、あの皮も麺である。あちらでは細く切ったものだけが麺ではない。平たく伸ばしたものも麺である。
このあたりについては文化人類学者、民族学者でありながら食い物の本を書きまくっている石毛直道先生の「麺の文化史」に詳しい。

麺の文化史 (講談社学術文庫)

麺の文化史 (講談社学術文庫)

この本はどえらく昔に読んだ記憶があるが、再版されたようである。私のような麺食いには必読の書である。

私が本物のワンタン麺を知ったのは80年代前半、ロンドンにロケで行った時である。
あのころはロンドンの中華街と言っても、チャリングクロス通りから東側に引っ込んだあたりに数軒店が並んでいただけであった。

その入り口ともいうべき場所に「ウォンキ」という悪名高くも中華街で一番安く、味も文句の付けようがない食堂があった。
悪名と言っても別に脅迫されるわけではなく、とんでもなく態度が悪いだけ。
メニューを放り投げ、「はよ決めや」という顔で睨む。「えーっと」とほんの少し悩んだだけで、「バーカ」という顔をして、店員はすぐにどこかに消えてしまう。
一度消えてしまうと手を上げても、叫んでもなかなかテーブルに来てくれない。

中国人、正確に言えば広東語を話す同胞には笑顔を見せたりするのだが、言語が違うとまるで扱いが違う。
約20年後に赴任した時には、あんな店は当然つぶれていると思ったら、相変わらずの大盛況であった。よくロンドンにはじめて来たとおぼしき中国人に「ウォンキはどこですか?」と聞かれたものだ。

ウォンキの味は全く変わっていない。

初めて行った時に「このやろう」と思いはしたが、ワンタン麺のうまさに言葉をなくした。
ワンタンの考え方が根本的に違う。シュウマイほどもあろうかと思われる肉の塊を薄皮でまいているのである。店によっては豚肉だけでなく、軽く叩いたエビまで混ぜているのでその口に入れたときの感触、噛んでいるうちに次々と変化する味は日本ではまず出会うことはない。

麺が違う。
茶色のびっくりするほど細い麺。輪ゴムをイメージしていただければ一番近い。
歯ごたえがあるのだが、腰があるというのとはまた違う。口の中ではじけ、ちょっとモソモソする。
これに慣れてしまうと、中国に限りなくある種類の麺がまずくなってしまう。

私の娘はロンドン生まれだが、離乳食が食えるようになったらすぐにワンタン麺を食わせた。柔らかくしたけどね。そのせいか、普通のラーメンにはほとんど反応しないのだが、「新記に行くか」と誘うと必ずついてくる。

新記というのは香港から進出してきた食堂です。依然は台場に店があったのだが、閉めてしまったので、三宿まで食いに行かねばならない。何故閉めた?

スープは言うまでもなく、何か中毒性のあるおかしなものを入れているのではないかと疑いたくなるほど、さらりとしていながら深い味わい。中国広東の味。

それにチリオイル、つまりラー油を垂らす。このラー油が日本では考えられないくらい辛いので注意しないと、食っている間中むせることになる。

このワンタン麺が食いたい。今すぐ食いたい。
新記も厳密に言えば味が違う。そんなことを言えば香港でも、ロンドンでも、ニューヨークでもみんな違うのだが、私はあえて申し上げるが、悲しいことにロンドンの中華街にあった「チャイナ・チャイナ」のワンタン麺が食いたい。

泣くことはない、と思われるだろうが、本当に泣きたい。
先日ロンドンに行った人間にチャイナ・チャイナのワンタン麺を食わなきゃ友達の縁を切る、と脅して行かせたら「その店なくなってたよ」と報告してきた。

何度も場所を確認したが、間違いない。

やっちまったぜ。

ロンドンの中華街のオーナーたちは、経営をするだけで厨房には立たない。
マージャンをやっている。
金がなくなると勢いで店を賭ける。そしてすべてを失う。
そんな店をたくさん見てきた。

流行っていない店ならまずいもん作るからだ、と突き放せるが、大繁盛の店が突然名前を変えたり、内装を変えたり、そして味まで変えて再オープンさせるのを何度も見て
意気消沈するのである。

チャイナ・チャイナの厨房で働いていた皆さん、日本にいらっしゃい。
私は面倒見れないけど、お金を持っている人を紹介しますから、新生チャイナ・チャイナを開きましょう。
皆さんの作る、エビ玉ぶっ掛けご飯、豚肉千切りもやし炒めぶっ掛けご飯、焼きそば、すべて極上の味でした。しかも日本では絶対に食えません。

チャイナ・チャイナの写真はスキャンしていないので、徒歩5分のところにあるコベントガーデンの様子。

なんだか皆さん、私が推敲している間に「いいね!」を押してくれていたようですが、書き直したりしているうちにみんな消えてしまいました。俺は、私は押したよ、という方、お手数ですが、明日で結構ですのでもう一度押しといてくださいな。