むつみ村のお祭り その3

そんなわけで、私はシシ鍋を食い、いきなり哲学的瞑想に入ろうとしたのだが、状況がそれを邪魔をする。すでにお腹が一杯で晩飯が食えなくなったらどうしようと心配していたにもかかわらず、むつみ豚の串刺しを郵便局の方々が焼いておられる。

山口は魚というイメージが強いが、実は私が人生ボーっと過ごしている間に豚も牛もうまいと評判になっている。結構ブランド肉として一部では著名である。特に豚は「むつみ豚」として知られている。本場である。それを知っていたので豚串刺しがどうしても食いたくなり、1本200円で買ってしまった。やずが3匹200円なのに高くねーか、と思うでしょ。
高くない。豚の濃密な味わいが口中に広がる。脂身もバカうま。皆さんと「おいしいね」と分けて食べていたら、滝村はひとかけらでいいと言う。
「おまえはバカか。これ食ったら東京のスーパーの豚食えんようになるくらいうまいど」と叱ったら「う〜ん。実はあっちで売っていたウインナーも食べようかと思って」と、ダッシュで別の屋台に駆けて行った。彼女の食に関する欲望の深さには、頭が下がる。
「俺はほんとうにもう食えーん」と逃れようとしていたのだが、ひとつあまってしまっていた。このウインナー、怖くなるくらいジューシーで、ボタボタ油が食い口から垂れてくる。油からくる旨みではなかろうと推測するが、世界で一番うまい。ベルトははちきれそうなのにまだ食えた。

そんな大食い選手権を小さく開催していたらひばりちゃんが出てきてしまった。
ステージがやたらでかいので、少し淋しげ。

なにやらグダグダ話をしているので現場に急行した。

すごい衣装だ。1キロ先からでもひばりちゃんのそっくりさんだとわかる。
顔はわからない。遠いからじゃなくて、素肌の片鱗すらうかがい知れない。
真っ白になってらっしゃるわよ。どうしたの?

「あたしはテレビの美空ひばりそっくりさん大会で10週勝ち抜いて、グランドチャンピオンになったのよ」
知りませんでした。それいつの話でしょうか。そんなものがあったこと自体全く記憶にないんですが。
「パッチギにも出させていただいたのよ」
何の役だよ。
「背丈も幅もちょうどひばりさんと同じ」
無茶を言ってはいけません。俺はひばりちゃんの映画をずいぶん見たが、ひばりちゃんの幅は半分くらいだぜ。
「どうしてそんなにひばりちゃんに似ているの?ってよく聞かれるんだけど、わかりませ〜ん」
私にもわかりませ〜ん。
何曲歌われてもどこがひばりちゃんに似ているのかわかりませ〜ん。
高音になるとマイクのせいにしていたが、声が割れてしまって何を歌っているのかさえわからなくなる。
しかし、長く聞いているとと一瞬「あれ、ひばりちゃんに似ているかも」と感じることがある。
その間隔はずいぶん長いのだが、点と点をつなぐと美空ひばりの出来上がり的手法を用いているようである。
「みなさ〜ん、聞こえてる?私には全然聞こえないんだけど」
5キロ先まで聞こえてまっせ。
さかんにマイクに文句をつけている。どうも音の返りが悪いらしい。
リハやったんじゃないの?
反応が薄いんで焦っているのか。
しかし、爆笑を誘うべく長年お祭めぐりをやってきて鍛えた技であの手この手で押してくる。むつみ村の皆さんは動じない。

「毎日毎日、北は北海道から南は沖縄までいろんなところでひばりちゃんの歌を歌わせてもらって、私は本当に幸せものでーす」
本人がそう思っているんなら、幸せなんだろう。
舞台から降りたり上がったりしてくれているうちに、ドレスの裾を踏んだり、マフラーっての?赤い羽根募金をつないだようなものがドレスに絡まったりしているところが人間っぽい。

かよちゃんがそーっと話しかけてきた。
「あの方、ギャラはいくらなんでしょうねえ」
ねえ。
我々は同じ広告会社で働いていたのでどうしてもそんなことが気になってしまう。
「う〜ん。アゴ足つきで10万?」
「そうだよね。20万はあげられないし、5万ってのもねえ」と滝村。
全員一致でギャラは10万と決まった。
革ジャンを着たマネージャーがカラオケ出しをしていて、時々マイクを替えに来たり、曲順をささやいたりしている。
二人して全国行脚なのである。
それを見て、こういうふうに惚れあった二人が幸せに旅をしてまわっているんだと思うと涙が出てきた。ああ、いいコンビだ、いつまでも楽しくね。
もっと似ているとお客さんも幸せにできると思うよ。

しかし、あまりの奮闘ぶりにむつみ村のお年寄りたちが嬉しそうに手拍子を打ち始めた。
ひばりちゃんよかったね。むつみ村の皆さんは全てをわかってくれているよ。

そんなことであっという間に45分間の「美空ひばりそっくりショー」は終わってしまった。
なんだかんだですっかり満喫してしまった。
ひとつだけ気になってしょうがないのが、ひばりちゃんはご自身のお名前を名乗らずに消えてしまった。今度、忘年会に来てもらう時に連絡先がわからない。

2時からは大福引大会。
なんだかすごい量の賞品が舞台に並べられている。
司会者が当たり札を箱の中から取り出して読み上げるだけなのだが、この賞品が素晴らしい。
草刈機の刃。手裏剣の馬鹿でかい形をしたやつ。
蛍光灯。丸いやつです。自宅のものと大きさがあわないと使えないね。
大黒様が背負っているのよりも大きな袋に入ったもろもろ詰め合わせセット。トイレットペーパーやお菓子がこれでもかというくらいに押し込んである。実に実用的。
ミキサー。ジュースを作るやつだがこれがさまざまな用途で活躍してくれるらしい。何故そんなことがわかったかと申せば、滝村が当てちゃったからである。「はいっ!」と大声を上げて舞台に向かっていく。こいつの欲望は底がない。抜けてしまっている。東京まで持って帰っちゃったよ。

かよちゃんと私はスカだった。よかった気がする。

閉会式のあとは、みんなが待っていたもち撒きだ。
午前中の失敗を繰り返さないように私はカメラを置いた。
かよちゃんが「座って、座って」と指示を出してくれる。ダイレクトキャッチはまずできないので、落ちたもちを拾いまくるのがコツがそうだ。福引券の番号が700番代まであったのでそのくらいの数の人が群がっている。

子供たちは前。大人は後。
我々は大人気なく子供たちのすぐ後ろに場所を確保した。
賽は投げられた。戦いが始まった。もちは撒かれた。
遠くまで届かなきゃいけないんで、えらい勢いで飛んでくる。
我々の周りにも大量のもちが。
キャーキャーはしゃぎながら拾いまくっていたら、いきなりぶん殴られた。
脳震盪で倒れそうになり、ここがどこで何をしているのかわからなくなってしまった。
そんな私の頭や背中をゴンゴンもちが直撃する。
戦争だったら即死だ。
どうも先ほどは顔面に直撃弾を受けたようで、メガネが曲がってしまっていた。
我に返ってもちを拾い続けた。
もはや笑顔は消えてしまった。
すごく拾った。こんなにどうすんのってくらい拾った。
これまでの人生で一番たくさん拾った。
メガネの鼻押さえが片方ギューっと縮んでしまっていた。
最後は舞台上から余ったもちをどえらいスピードで投げ込んでいた。
田舎の人は限度を知らない。

鼻を押さえながらかよちゃんの家まで写真を撮りながら歩いて帰った。
なんだかんだありながらも充実した一日だった。
何の祭かはよくわからなかったが、みんな楽しんでたからいいんだよ。

帰ったら4時、すぐにビールを飲み始めた。