蕎麦の薬味

神田の藪蕎麦が焼けてしまい、大変残念なことでした。
しかし、私はあそこには行ったことがないんで、お気の毒くらいのことしか申し上げられない。
だが、あの継ぎ足し継ぎ足しで作られていたそばつゆがもうなくなると大騒動。日本人、こういう話が大好物ね。

「もう、あのつゆは味わえなくなるんでしょうか」
「いや、一週間くらいでできます」
お店の人は冷静だよ。
そんなに難しいことしてるわけないんだから、私も騒ぐなと思っていたら、あっさり「できます」だから拍子抜けはしましたけどね。

行ったことがないから味も量もわからないんですが、高いお蕎麦屋さんは蕎麦の量が極端に少ないという決まりがありますね。あれはカルテルでも結んでいるんでしょうか。更科そばなんかだと3すくいくらいで食べちゃうんで、所要時間1分。田舎そばだと3分。腹は減ったまま。どうもいけねえ。
ラーメンくらいには腹膨らませてくんないかい。

で、蕎麦自体につきましてはこんなことでいいんですが、薬味だよ。
これがもうひとつわからない。
店によってこれ以外ない、というものを持ってきてくれているんだろうけど、わさびの場合でも練りわさびだったり、本物のわさびをそのまま持ってきて自分で下ろして入れろというところもある。
いずれにしろわさびでいいんだ、と思っていたら、違うと言うところが結構ある。辛味大根が一番蕎麦には合うって「おいしんぼ」でも誰かが言っていた。
なんとなく乙でござんす。
どこかで食べたことがあるが、確かにうまい。

しかし、わさびを出してくる店で、「辛味大根にして」と頼める人間はいない。
そんな恐ろしいことを言ったら軽くて追い出されるか、ひどいときには袋叩きにされそうな気がする私。高い蕎麦屋にはほとんど行かない私だから凄い誤解をしているかもしれない。

そんなわけで、どこでも出されるものをそのまま全部入れていただいていたのだが、ある日その常識が覆される日が来てしまった。

10年以上前、J-WAVEで私の番組が終了して、打ち上げに蕎麦屋に行きました。
いつもニュースやお天気の時にブースに入っていただいて、そのまま私のくだらない話に付き合っていただいていたとっても綺麗なアナウンサーのお姉さまが、私がわさびを入れて蕎麦を食っているのを見て、おっしゃった。

「大倉さん、何やってるの」
「お蕎麦をいただいております」
「あら、食べ方知らないのね」
「箸で掬って、そばつゆにちょいとつけるんじゃあきまへんか」
「なんでわさび入れてるの」
「普通入れるんじゃないでしょうか」
「何言ってんの、こうするの」
とご自分の蕎麦に唐辛子をチャッチャとかけ始めたではありませんか。
あらららら、お蕎麦が真っ赤だよ。真っ赤だよ。
「これを掬っていただくの、ほらやってごらんなさい」
私はこの方の大ファンだったので何でも言われるがまま。
同じように唐辛子で食べてみた。
これがうまいから世の中捨てたもんじゃない。
唐辛子の風味と蕎麦はよく合うのである。

わさびの店で辛味大根を、辛味大根の店でわさびを頼むことはできないが、唐辛子ならば温かい蕎麦にかけるのでどんな店にも置いてある。もしかしたら「何やってんだあのハゲ」と顔をしかめる店があるかもしれないが、こっちは客だ。金払ってんだ。薬味くらい好きにさせろ。

というわけで、私はものすごく怖そうな店以外では唐辛子をかけて食べている。
しつこいが、そばつゆに入れるんじゃないよ。モリにそのままかけるんだからね。

あの時教わらなかったら、私の人生はつまらんものになっていただろう、ありがとうございました。
ただ、あれは彼女が私を面白がって操っていたんじゃなかろうかとたまーに思うのよ。
他にそんな食べ方してる人見たことないし。
おいしいんでいいんだけど。

蕎麦に唐辛子、是非お試しください。

浅草にもうまい蕎麦屋はたくさんございますな。