歌舞伎座と味助

銀座シネパトスが閉館して、リニューアルした歌舞伎座がオープンでございます。
歌舞伎座の幕の色にあわせたエクレアが大変な人気だそうで、すぐに売り切れってすごいね。
エクレアだけ買って、歌舞伎を観ない方も多いそうでございます。歌舞伎座ブランドの強さをあらためて認識してしまいました。

シネパトスの写真を撮っているときも、歌舞伎座の写真を撮っている人の方が多かったな。皆さんそんなに歌舞伎がお好きかしら。歌舞伎の大御所が亡くなると一日中その話でテレビは埋め尽くされているからな。1時間のニュースで20分はその話。
歌舞伎を馬鹿にしてるんじゃなくて、他にもニュースあるだろうにと思う私である。

恥ずかしながら、歌舞伎に興味がない。
「絶対に感激するよ」と言われてもな。結構他の好きなことで一杯一杯なんですよ。
えーっと、現在の歌舞伎には心動かされないんだけど、出雲阿国がやっていた念仏踊りは見てみたい。昔、NHKでそんなやつをやっていたような気がするが、あれそのまんまなわけないもんね。出身地不詳の巫女とされる女性がどんな情念を抱えて踊っていたのかすごく興味がある。今の歌舞伎とは全く違ったもんだったでしょう。どなたかどうにかしていただけませんでしょうか。

私が大学生のとき上京してきた父親に無理矢理連れて行かれたことがあるんだけど、歌舞伎観る前に父親が私の服装を見て目を丸くしてしまい、あちらも歌舞伎鑑賞どころではなくなったようでした。朝方まで友人の下宿で飲んでいて、着るものがないんで、何でもいいから貸してくれと頼んで出てきたのがヨレヨレのボーダーのセーター。歌舞伎じゃなくても人様にお見せする格好じゃないとわかっていたんだけど、そうなったものは仕方がない。
「お前はいつもそんな格好なんか」
「ほぼこんな感じやないやろうか」
「そうか」
と黙ってしまった。
父と息子の心動かない淡白な会話だった。

2度ほどそんなことがあったが、金もないし、何がなんだかわからないもんで、その後は行ったことがない。以来歌舞伎好きの方のお話はわかったような顔で「うんうん、へー」とただお聞きするようにしている。
あの、お昼に食べる弁当がどうにもうまくなかったことだけが記憶に残っている。
演者の皆様も普段はあれを食べているんでしょうか。
違うと思うんだよ。

歌舞伎座裏に味助というラーメン屋さんがありました。
真っ黒なスープに縮れ麺、黒いからしょっぱいかと思いがちなんだけど、普通にうまい。ラーメンというのがチャーシューメンことで、チャーシューメンというメニューはない店だった。それを大盛りにするか、ワンタンを入れるかのチョイスがあって、すべてランクを上げると確か1000円を超えるという値段になり、当時1980年代では躊躇したもんだ。それに焼売もあるのよ。それはお誕生日の時だけ自分へのプレゼントにしていたわ。

私が勤務していた会社もすぐ近くにあって、よく出前を頼んでおりました。
お店が狭いので、店まで行っても並ぶか、あきらめて別の店に行くことになるため、確実に食べるには出前がいい。
味助とプリントされたTシャツを着たお兄さんたちがあちこちにバイク飛ばして出前していたよ。私のいた会社では社員のような顔していつもラーメンを届けてくれていました。
茹でた麺だけどんぶりに入れて、スープは別の器に入れてくれていたので麺が伸びていないんですよ。心遣いが嬉しいでしょ。
その味助は歌舞伎座にもよく出前をしていたと聞きました。嘘か本当か玉三郎も好きだったとか。
あの歌舞伎座の弁当じゃやる気出ないと思うよ。

くー、食いたいと思うでしょ。
私も時々発作に襲われます。
でももう、そんな時代は終わってしまったのよ。
味助は2004年11月30日を持ちまして、長い歴史に幕を下ろしました。
何故閉めちゃったのかわからないんだけど、やめちゃったんだよね。
いつだったか、味助を探してしばらく界隈を歩き回ったんだけど、見つかんなくてね。
閉めたと聞いた時は倒れそうになった。

何故ならですね、私は1999年に朝の番組をやっていたときに毎週金曜は「散歩日記」というコーナーをやっていたんでございます。毎回一人だけで決められた東京の町を歩き回り、写真を撮って、その町をレポートするんであります。今あるテレビ・ラジオの散歩番組はすべて私の散歩日記のパクリであります、と勝手に信じております。撮った写真はあの当時では異常に早かったんだけど、番組のホームページにアップされていました。
その散歩日記で東銀座という回がありました。よく知った場所だったんでチャチャッとすむはずだったんだけど、私はちょうどそのとき十二指腸潰瘍だという誤診をされて約半年地獄のような日々を送っていたんでございます。
ところが実は総胆管結石で放って置いたもんだからもう総胆管が破裂しそうになっており、東銀座を歩いていた頃は意識も朦朧とし、食欲も当然なし、いつ倒れてもおかしくない状態だったんすよ。
しかし、人間の欲望というものは計り知れないもんで、つい味助に向かっちゃったわけだ。死ぬ前に食いたいとでも思ったんだろうか。
そこで大盛り、ワンタン入りを頼んだんだけど、これがさっぱりうまくない。
味もしない。味助どうしちゃったんだろう、とグラグラしながら考えたんだけど、私がどうかしちゃってただけだったのよ。

その数日後に病院に行ったら、即手術室に運ばれ、とんでもなく苦しい思いをしました。
そのことはまた今度。

で、その後、味助は静かに店を閉めました。
だから最後に味助で食ったのはその味を感じることができなかった時なんですわ。
こんなことってあっていいの?
歌舞伎座がまた開いたんだから、味助もう一回やってくんないかな。
役者の皆さんもそう思っている方、多いんじゃないかしら。

味助が再開してくれる方が歌舞伎座リニューアルより嬉しいな。

ネパール、バクタプルのダルバール・スクウェアで、ある晩遅くまで民族舞踊を観る機会がありました。