ジョージアの裸体 後編

と、妙齢の美女が駆け寄ってきて、「どうしたの?トイレ?」と声をかけてくれることもなく、本格的に途方に暮れながら辺りを見回してみると、左手の路地の壁にスプレーで書いた「←Friends」の落書きが。アルメニアのホステルで紹介されたこちらの安ホステルがFriendsだったのよ。
しかし、きったない落書き。
確信はないが路地を覗いてみるとえらく急な坂道。その落書きの先にもさらに「←Friends」の落書き。これは宝探しゲームみたいなものか。
クエー、と坂を上って行くとあった。何だ割とちゃんとした建物じゃん。

スカーレット・ヨハンセンに激似のお姉さんが「ハーイ」と迎えてくれたんで、すっかり気分が良くなって「ちょっとばかしわかりにくくない」と軽く笑顔で意地悪を言ってみたが、全く意に介さず「あら、そう?」だって。

私はカメラ等々、万が一のことがあると非常に困るので、ドーミトリーには泊まらないことにしている。学生時代はドミでよかったんだけど、守るものができると保守的になるね。
ここは一階がレセプション兼キッチン兼ロビー兼経営者の母親、その友達の寝室。
2階がドミ。2段ベッドが6つくらいある。ここに共同のトイレとシャワー。
3階が個室2部屋。といっても鍵がかかって、ベッドが置いてあるだけ。トイレは2階に降りる。

これで30ドルは高いが、最近は個室になるとどんな安宿でも相場はその程度、インドのニューデリー、パハール・ガンジに行けば、3ドルで泊まれるところはあるが、あれは私でもちょっときつい。世界中でゲストハウスの料金は30年前に比べると大幅に値上がりしている。当たり前か。

その3階の個室を出ると2階のドミが俯瞰できる仕組みになっている。
これはどうなの、あんまり汚い男達がいびきかいて寝ているとこ見たくないねー。
案の定、最初の一夜、夜中に大いびきが聞こえてきて、そのいびきに我慢できなくなった男が大声で怒鳴りながらベッドを叩くので、そっちの方がうるさい。これじゃ、個室の意味ないじゃん。ラオスの田舎町のゲストハウスより出来が悪い作りだよ。

でもスカーレット・ヨハンセンの魅力には勝てない。
毎日、「おはよう。ご機嫌いかが」と声をかわしてすっかり夫婦の気分。

そんなある日、明け方、トイレに立った。
トイレに行く分には不自由はないが、私は眼鏡を外すとほとんど5m先のものが見分けられない近眼である。
見ることもなくドミを見下ろしながら階段へ向かうと、私の真下の2段ベッドの上段に何やらペトッとしたものが転がっている。
その向こうのベッドには何となく色っぽく見える人間が寝ているような。
色っぽい人間らしきものを見るつもりはなかったがペトッとしたものは気になる。何が置いてあるんだろう、と部屋に戻ってから、眼鏡をかけて見下ろしてみた。

色っぽい人間に見えたのはヒゲもじゃもじゃの男が寝相悪く熟睡しているだけ。そんなことだろう。世の中ウヒョーなんてことは私に限ってはないんだよ。
ところでペトっとしたものはなんだ。

眼鏡を外して目頭を揉んでもう一度眼鏡をかけ直すような、三流ドラマのようなことはしない。
う〜ん、こりゃーウヒョーだけど、罪悪感があるなあ。
全裸の女性がシーツもかけず私とは逆向きになってすやすやお休みになっている。
どうしてこんなことになってるんだろう。
3階には私がいて、君を見下ろせる位置にいることは先刻承知のことじゃないかい。
素っ裸ってことはないだろう。
ハゲだからまあいいや、と思った?

見てはいけない、早く部屋に戻らなくては、と脳は指令を出しているんだけど、私の体は脳の指令を無視できる構造になっている。10秒くらい物思いに耽ってしまった。目は下のベッドに向けたままなんだけど。
若いって素晴らしいね。
ウクライナあたりからのバックパッカーだと思うんだけど、あの辺りの女性はスタイルいいんだよね。
どうしたもんだろう。
どうしようもないでしょ。

「君君、裸で寝ていると風邪を引くよ」あるいは「君君、私が部屋を出ると君の裸が丸見えなんだけど」と起こすか。
そんなことをしたら逆に変態と思われてしまうんじゃないだろうか。
おかしな真似はしない方がいい。

その後、洗顔、トイレと何度か2階に降りたのだが、眼鏡をかけないまま、下は見下ろさないようにしながら、私が上にいることを悟られないようにしながら忍び足。どうしてこっちがそんなにこそこそしなきゃいけないんだよ。せめてパンツくらいはいとけよ。
もし足音で目が覚めて、私と目が合って「キャー、覗きよ」なんてことになったら生きていけない。
仕方ないんで、裸娘が寝ているうちにカメラを持って出かけちゃったよ。まだすごく早いのに。
一瞬、ウヒョーと思ったんだけど、あれは間違いだった。
ひどい迷惑だ。
女性の一人旅が増えているが、絶対ドミで素っ裸になって寝ないように。
困っちゃう男が多いよ。
怖いことがあるかもしれないよ。

翌朝出かけるときにドミに目をやると、やはり素っ裸だったが、シーツをかけていた。
もはや何とも思わなかったが、やっぱりいかんよ。

「裸で寝ること厳禁」と張り紙をしといて欲しい。
ジョージアではジョージア正教の信者が大多数。日曜のミサでじっとえも言われぬ美しいミサ曲を聞きながら立ち尽くしている美女。やはり女性は着衣がありがたい。