アルメニア大特集3 言葉

旅に出れば最低でも3つ、4つの挨拶の言葉くらいスイッと口をついて出てくるように自分を躾けている。
けっこう自分には厳しい。
インドやネパールだと「ナマステ」で結構事足るんで楽なんだけどね。

アルメニア語は事前にその情報がなくて勉強といいますか、覚えて行くことができなかった。
地球の歩き方」がないんだもん。「LONELY PLANET」にはそんなの出てないし。
到着した日の夜、イェヴァさんとアルマンさんに会ったとき、いくつか教えてもらおうと気軽に考えてたんだけどね。

「『ありがとう』ってアルメニア語でなんていうの」と尋ねてみたら、予想もしなかった答えが返ってきた。
「・・・・・・・」
黙ってたんじゃなくて、聞き取れなかった。
「もう一度」とお願いしたが、途中でこれは無理だとあきらめてしまった。
イェヴァさんは「ふふふ」と笑い、「『メルシ』でいいわよ」と教えてくださった。
いやいや、フランス語じゃまずいでしょ、しかも私日本人なんだけど、と強く確認してみたら、「アルメニア人も『メルシ』って言うから大丈夫」と答えてくださった。
「なんで」
「フランスはアルメニアを支援してくれているんでメルシって言うんじゃないかしら」
「でもアメリカにもアルメニア系の人がたくさんいるじゃない」
「でーも、メルシなの」
ということで、メルシということで結論が出た。
使ってみた。
するとちゃんと通じている。まあ、サンキュでも通じてるんだけど、気持ちの問題でしょ。
その後、アルメニアではメルシで通した。

そういえばトルコではトルコ人がやたら「パルドン」と言っていたのを思い出した。あれはどういうわけなんだろうか。

アルメニアではアルメニア語の表記にはアルメニア文字が使われている。
この文字は表音文字で知らなきゃ読めない。
相当頑張って勉強しないと知っているとは言えないくらい難しいのだが、アルメニア人は見事に読みこなしている。
まず見てみましょうか。
町中で見る文字はほとんどアルメニア文字です。

新しいお墓ももちろんアルメニア文字

この文字は404年にメスロプ・マシュトツという人が作った人工文字。
ということなんだけど、「なーんとなくヘブライ文字に似ているね」とイェヴァさんに振ってみたら「全然違う」と厳しく却下されてしまった。
エチオピア文字に少し似ているかも」
なーるほど、言われてみれば似ているかも。

しかし、この文字が作られるまではどんな文字が使用されていたのか気になる私である。
帰って調べてみたら、どんどんわからなくなってきた。
マシュトツ先生はこの文字をまるで何もない状態から作り出したのか、参考にした文字があったのかもよくわかっていないらしい。中期ペルシャのパフラヴィー文字、あるいはギリシャ文字を参考にしたという説もあるらしいが全然はっきりしないらしい。何かあったんじゃないかと思うんだけど、真相は深い闇の中。

こちらがマシュトツ先生。

このマシュトツ先生が大昔に作った文字はいくつかの文字が足されただけで、それ以来ほとんど変化していないという。
「じゃ、5世紀の文献もスラスラ読めちゃうの?」
「読めますよ」
「じゃ、読んでみて」
と底意地の悪い私はある博物館でイェヴァさんにお願いしてみた。
聞いてもこっちがわかるわけないのに。
多少苦労されていましたが、だいたいこんなこと、と教えていただいた。
細かいところはねえ、やっぱりなかなか。

これは古いお墓に書かれた文字。

郊外の小さな教会内部に書かれた文字。
明らかに右手のものは新しい。落書きのようにも見える。落書きかな。

これはもっと古いんじゃないかと思われるお墓。

下の方に書かれた文字は現在のアルメニア文字には見えないんだけど、いつのものかがわからない。
どこかパフラヴィー文字に似ている気もする。

ここまで古くなると南インドのマラヤーラム文字やミャンマーで使用されている文字にも似て見える。
ジョージア文字もすごく魅力的なんで、それはまたの機会に。

さて、私はイェヴァさんに連れられて地下鉄にも乗った。人に連れられている限り、何の不自由もないんだが、一人で乗ろうと思うと「無理じゃねーか」と尻込みしたくなる。
駅の中には一切ローマ字表記がないからである。
ソ連時代に作られたもののようで、立派な地下鉄。
外はひりひりするくらい暑いのに、地下鉄構内に入ると寒いほど冷えている。

そんな地下鉄でイェレヴァンのはずれに行きたくなった。
アルメニア文字キリル文字でしか表記がない中、私は乗った駅を覚えておかなければならない。
これは困った。
写真を撮ってそれを見るというのはどうだろうかと最高のアイデアを思いついたのだが、カメラに大きなXがつけられた表示がある。これもソ連時代に軍事機密に当たるとして撮影禁止になったなごりだと思うのだがここで制服を着た方々にお世話になりたくなかったので、写真を撮るのはあきらめた。堂々と撮るのは。
だから、アルメニア文字をどうにかして私の頭の中でひらがなに変換して、出だしの三文字だけ「くしる」と読めなくはない、と叩き込み、終点までの駅の数をじっと数えながら乗り込んだのであった。

写真は堂々とは撮らなかったが、隠し撮りをした。
これ日本でやると痴漢行為に等しい。
やめておいた方がいいと思います。

行き着いた先の駅はお花屋さんであふれ返る魅惑の町。
ああ、来てよかった。
勇気ってのは出しどころが肝心だな。

なんだか、大事なことを全然書いてないようだけど、本日はこんなところで。

「くしる」を覚えておいたおかげで元の駅まで無事に帰り着くことができました。