ふくが来た

本日の「ごちそうさん」。
め以子がすべてを締めました。主役みたいじゃん。主役でした。

ま、「ごちそうさん」も本年の放送が終了いたしまして、視聴率も上々、ふ久も生まれて、ええことです。
そんな時にだじゃれみたいではございますが、昨晩はふぐのでかいセットが送られてまいりました。
毎日よくブログを書きました、偉かったね、と読者の方が送ってくださったのではなくて、ある方が13年前から毎年年末にふぐを送ってくださるのでございます。
「いえいえ、私にはこんな高価なものをいただく理由がございません」と遠慮させていただいたのですが、「是非に」ということでしたので、いただくことにしたら、それ以来こちらはずーっと続いた習慣になってしまいました。
まいっちゃったね。
どうしたものだろう、と毎回食べた後に考えるんだけど、あとかたも無いものについて考えるというのはなかなか難しくて、ああ、いい日だね、と酔っぱらってそのまんま。

ありがとうございました。
今年もおいしくいただきました。
しかしなあ、いつかは本当にご遠慮申し上げなきゃいけないんだけど、どうすればいいんだろう。
なかなかこれ難しいんですよ。

山口では「おいでませ」といらっしゃる方をお迎えして、下関では「ふく」を召し上がっていただくことに世の中ではなっているようですが、私は「おいでませ」なんて口にしたこともございません。
下関でもふぐはふぐ。
「ふく」なんて言わんよ。
誰が言いよるんやろうか。

私が就職した年の年末、見事な夕日を見ていたら、同僚の女性声をかけて来た。
「まるでフグのお刺身みたい」
「なんで?」
「だってあの綺麗な色」
「ふぐ食べたことある?」
「ない」
「フグの刺身は透明で色なんかついてないよ」
「えっ!」
食べたことなきゃわからんだろうと、その晩はフグを食いに連れて行ってやりました、というたぐいの嘘をつくのはもうやめにしたいけど、勝手に手が動くんだよな。
新入社員がふぐなんか奢れるわけないじゃん。

あるとき贅沢三昧をしていた何人かの女性と話をする機会があった時のこと。
奢ってもらってばっかしの方々。
「ふぐかどうかでどのくらい男が本気かがわかるよね」
「なんで?」
「ふぐだと本気だもん」
「はまちの刺身でいいじゃん」
「はまち〜?」
ということで、ふぐを食わす男には一目を置くということでございました。
わかりません。
ホルモンを口に突っ込んでやろうかと思いました。

高校生まで下関にいましたが、ふぐなんて数回しか食べたことがない。
父親の酒のつまみにチョロっとだけ出されているのに箸を伸ばすとこれがせこい。
「これはワシの分。働いちょるんやけー、このくらい食わせ」
そんなことガキが知ったこっちゃない。
しつこく一枚盗み取ると、「それ一枚でなんぼすると思うちょるんか」。
みんなお金がない時代でした。
いや、うちに金がなかっただけか?

大学生になって冬に帰省した時からですよ、ふぐで歓待してくれるようになったのは。
こんなうまいもんがあったのか、と驚いたね。
下関のふぐは新鮮で歯ごたえがまるで違う。
そして、一番大きな違いは厚さ。
ペロンペロンの皿が丸見えの極薄刺身とはわけが違う。
ああ、ふぐ刺し食ってるなあ、と実感できる厚さ。
食いきれんこともあったもんな。
鍋に入れるアラも身がびっしりついていて、チューチュー吸わなきゃいけないようなもんじゃない。
それから出た出汁はふぐのうまみの集大成だから、雑炊はいくらでも食える。
昨日ふぐ食ったのに、腹が減って来た。

今年も残すところあと4日。
腹ばっかり立ててました。
来年はふくが来ますように。

まだブログは書きますけどね。
流れでおしまいみたいになってしまった。

これが昨日のふぐ刺しの大皿。