桂花ラーメン復活

私が下関から東京にやって来たとき、私が知る限りとんこつラーメン屋は桂花しかなかった。
1976年のこと。

下関がいつとんこつラーメンに席巻されたかは定かではない。小学生の頃、街一番の賑わいだった六階建て、地下一階の大丸デパートの地下食堂では、澄んだスープながら淫靡な味わいのラーメンを出していたので毎回いきなり2杯頼んで、5分で食っていた。
従って、当時は下関全域がとんこつ味ではなかった。

情けない話であるが、この私がいつとんこつラーメンしかラーメンとは呼べないと思い込んだのかがさっぱり思い出せない。痛恨の極みだな。
奇妙なことに記憶に鮮明なのは、屋台のラーメン屋がとんこつ野獣臭をまき散らかしながら夜9時くらいに自宅周辺でチャルメラを鳴らすもんだから、いてもたってもいられず、どんぶりを持って買いに走ったこと。これが恐ろしくまずかったのでよく覚えている。どうしてあんなにまずいラーメン作れたかな。とんこつなのに。

現在の下関は往年の面影は一切なく、繁華街といえるような通りも人影まばらである。
しかし、ラーメンはうまい。
下関で映画を撮った友人の映画プロデューサーが「大倉さん、下関のラーメンはまずいねえ。何であんなに麺がベチャベチャしてるの?」と意味不明のことを言っていたが、気にしないで欲しい。あいつの味覚は完全に麻痺している。
下関で一番うまい一龍軒のラーメンが不思議な食感なのは、ジャガイモの澱粉が練りこまれているからで、決して茹ですぎではない。よく噛んでごらん。ちゃーんと腰があるから。

違う。
下関のラーメンの話はまた書くんだから程々にしとかなきゃ。

そう、桂花ラーメンは東京唯一のとんこつラーメン屋だったのである。
ネットとかなかったから、実際のとこは良くわかんないんだけど、あれだけ新宿歩き回ってなかったんだから、なかったと思うよ。

新宿アルタそば(と言ってもアルタはまだなかった)の路地を入ると、もう獣臭が道を這うように充満している。今の野獣系の女子は大好きだろうけど、当時は何かよからぬ食材をこっそり煮込んでいたと思われていたはずである。客に女性はほとんどいなかったもんな。

今では新宿に確か3軒あるが、当時は新宿3丁目とアルタそばの店だけ。私はアルタそば派。入り口が狭く、当然店もとても狭く、2階はあるんだけど、座っている人の背中を押して、無理やり上がる構造になっていた。床は油でヌルヌル。油断すると足を滑らせる。本当だよ。2階への階段も一歩一歩確実に踏みしめないと転落の危険あり。本当は落ちて骨折った奴がいるんじゃないかと思う。

ここに通った。お金がないので、仕送りの金、バイト代が入った時にだけ入れていただいた。いつも行列ができていて、時間かかったよ。

「麺狂いの大倉さん、一番おいしいのはどこですか」とくだらない質問をされても、「桂花」としか答えようがない。他で食うのは学食のラーメンではないラーメンしかなかったんだから。大学そばの「二郎」に行列が絶えなかったので、何度か騙されて入ったが、何がうまいんだかわからない。塩味が強くて野菜が無茶して乗せてあるだけじゃん。
コメント欄付けなくてよかった。大炎上間違いなしの事書いたな。

そんな桂花に変調を感じたのは、2000年を越えたあたりからだったろうか、店によってスープの温度が違う。味にばらつきが出始めた。おかしいおかしいと思っていたら、一昨年突然民事再生法を申請した。

やっぱりな。そうなっても仕方ない、あきらめようと気落ちしていたら、同じ熊本ラーメンの味千が支援企業となった。うーん、微妙なことになってしまった。味千、地元熊本じゃ店は多いが、ラーメン通には人気がない。私も行ったことがあるが、レベルが違う。
味千が支援できるほどの企業になったのは、経営センスの違いである。
味千の国内店舗数は98、これだけでもすごいのだが、海外店舗が652もある。海外店舗はラーメン屋というよりは、ご飯屋さん。メニューが豊富で家族が文字通り食事に来る。

私は上海で「えい!」っと心を決めて入った。
「いらはいまえー」「いらはいまえー」と何叫んでんだか分からない声援を受けて席に着いたら、中国人で超満席。「こんなもんだろ」の印象のラーメンを食って出たが、味のことより、どんだけ儲かってるんだ、の嫉妬心のほうが強かった。

その味千が桂花をねえ、といぶかんでいたら、桂花のチャーシューが突然違うしろものに変わった。茎わかめも細切れにされてしまい、その歯ごたえが味わえなくなった。当然スープの味も微妙に変化していた。
ついに終わったな、と完全に諦めたのだが、昨日、三丁目の店舗前を通りかかり、かつての私の足取りでふらふらと店に入ってしまった。大盛りチャーシュー。かつては「大盛りはありません」と威張っていたのに、今はあるんだね。替え玉もあるよ。なんかもう、とやけくそになってどんぶりに首を突っ込んだら、元に戻っていた。
驚いたね。
終わったと思ったのが1年位前か。復活はないと桂花のことを忘れようとしていたのに、以前の桂花そのままの味が眼前にドーンとおわしましている。しかも、大盛りで。

私の推測に過ぎないのだが、味千の社長、本当は桂花ラーメンのファンだったんじゃなかろうか。その桂花が没落していく様を見ていられなかったのではないか。一時建て直しにラーメン自体に工夫を加えようとしたのかもしれないが、やはりオリジナルが一番と復活を決めたんじゃないの?すべて私の勝手な妄想なのかもしれないけど。
どっちでもいい。
桂花が復活した。
誠に喜ばしい。
つけ麺天国の堕落したラーメン界に鉄槌を下して欲しい。
ラーメン食いなら、一度鉄槌を下してもらいに行きなさい。

桂花の写真も、味千の写真もないので、下関一龍軒の写真。