こだわると認められる時代

昨日のバカ日本食のようなものへの反響は大きく、同じ店で不味いから金払わないと言って喧嘩した、とロンドンに30年も住んでいた方からご連絡をいただいたりしました。やるもんだ。

さて、くだらない話は忘れよう。

私はロンドンで広告の仕事をしながら、あからさまにかの地でうどん屋を開く計画を立てていた。立ち食いで下関駅うどんをそのまま持ってきて、リヴァプールステーションあたりの朝忙しいサラリーマンに、朝食を駅でという新しい生活提案を行えば必ず食いついてくると信じていた。日本じゃ珍しくも何ともないんだけど、向こうじゃ立ち食い蕎麦屋はないからね。

下関駅うどんは頼んでから出てくるまでわずか15秒から20秒。腰は一切ない。しかし、いりこ出汁が抜群にうまくて、2杯はいけるというものである。忙しい連中に食わせるのならスピードが勝負だ。これなら数がこなせる。滞留時間も短い。絶対に儲かる。薄利多売を信条に2ポンドか、3ポンドで食わせてやろう。「日本の立ち食いうどん、人生を変えてくれてありがとう」と感謝されたい一心であった。
しかし、会社を辞めちゃうことにしたので、立ち消えてしまった。
完璧な計画だったんだけどね。
その後、YO SUSHIが同じ駅で店を開き、大成功を納めたんだから目のつけどころは間違っていなかった。
やってりゃ今頃は左うちわ。
下関駅うどんは異常に簡単にできちゃうので、自分で店に立つ必要はないんだよ。おばちゃんが二人いれば完璧に回るのよ。

何回もお見せしているが念のため。これが下関駅うどん。赤いのは唐辛子です。

しかし、物事は正面から真面目にぶつかって行くという発想に欠けている。
所詮砂上の楼閣だったのかもしれない。行動に移してないんだから砂上の楼閣にもなってないか。

ロンドンではちゃんとしたうまいものを心を込めて作っても、味がわからない人間が多すぎるので意味がない。wagamama以外でも適当なラーメン屋が今でも跋扈している。それが結構繁盛しているからがっかりしちゃうな、とロンドナーたちの不幸を悲しんでいたのだが、そんな状況に果敢に挑戦した若者がいる。もう40くらいかな。若者でもないか。

ジュンヤだ。
彼が25くらいのときに知り合って、パリ、ロンドンと居場所を変えながら、いろいろな場所で経験を積み、ついにロンドンのSOHOのど真ん中、Frith Streetに本格讃岐うどんの店を確か2年前にオープンさせた。ここはうまいレストランが集中し、しかも広告マスコミ関係者が多い厳しい場所である。

オープン前に少し相談を受けたのだが、開店祝いに駆けつけることもできず、その後のことは「はやっているらしいよ」という風のたよりだけ。
今回ロンドンに行くにあたり連絡を取って、お店にお邪魔した。
入れなかった。
イギリス人が店の外に出してある長椅子に座り込み、座れない連中は立ってまでして並んでいる。
そんな店ないよ。
順番抜かしは嫌なので、私も並んで待ちました。
ところがこの店は意外に回転が早く、普通ならイギリス人は飯を食うと話し込んでしまって動かないのだが、日本的なルールを覚えてしまったのか、早々に店を離れる。
10分くらいでカウンターに座ることができた。
なんだか変だと思うでしょ。そう、この店は予約を取らないのである。頭いいよー。予約を取らないから自然に行列ができる。行列ができるからまた行列に加わる。日本の行列ができるラーメン屋と同じ理論を採用している。

店に入ってまた驚いた。きちんと調理をする日本食屋では客は日本人が圧倒的に多いのが普通なのだが、この店ではイギリス人が大半を占めている。

座って初めて話ができた。大人になったジュンヤがいた。
この店の共同経営者であり、チーフシェフでもある。
関係ないけど、背が高くてすごくもてんのよ。

ああ、俺もこんな風に店を仕切ってみたかったな。

つまみをいただいた。どれも大変おいしい。毎日仕入れによってその日のお勧めを変えるらしい。
これは鴨。

うどんにも文句のつけようがない。
超本格讃岐うどん。東京でもここまでの店は見つけるのは難しい。セルフチェーン店で食べるあのうどんとは別物。毎日店で打っているという。

こちらはひやひや。

こちらはあつあつで、きざみ。

とうとうこういう店がイギリス人にも理解できるようになったのか、それを理解させたジュンヤ、よくやった。俺の下関駅うどんを完全に超えたな。

店を出てまた驚いた。
夜10時を軽く超えているのにまだこんなだよ。たむろしているのは入店を待っているイギリス人。


別の日の昼にもう一度会って、話を聞いた。
「イギリス人はあの味がわかってあれだけの行列を作ってるのかね」
「う〜ん、わかってないかもしれないけど、食感はちゃんと違うと気がついているみたい」
「でも、あれをうまいものだと認識し始めると変わってくるよな」
「まだまだいい加減な店、多いですよ。それでイギリス人喜んでるし」

と、売り上げを聞いて椅子から転げ落ちた。
ここには書けないが、凄いことになっている。
新しい店も計画中だそうで、何よりです。
日本で食い詰めたら雇ってもらおうと固く勝手に誓った。

お店の名前は「こや」。のれんに大きくひらがなで書いてあります。
koyaでもすぐに調べられます。
日本からわざわざ行くこともなかろうが、うどんが食いたくなったらここしかありません。

いろいろ教えられちゃったよ。