wagamamaというラーメン

私がロンドンに赴任して2年経とうとしていた1992年、事務所の若者が駆け足で、というほど広くないオフィスの中を早く知らせなきゃ、という勢いで息を切らし報告に来た。
「大倉さん、大変です。おかしな日本食屋ができましたよ。凄い人気なんだけど、どえらくまずいんです」
まずい日本食屋なら当時のロンドンにはたくさんあったので、それほど驚くことではない。
「そんなんたくさんあるやん」
「いや、ラーメンって言いながらラーメンじゃないんです。なんかおかしな食いもんなんです。イギリス人が行列してます」
それでも私は動じなかった。
日本にだって本格ナポリタンとかあったんだから、そういうものが出てきても仕方ないんじゃないの、と余裕をかましていたんだな。
それが間違いだった。
wagamamaという名前の店。
ひらがなだと場末のスナックみたいね。

その頃の日本人の間ではwagamamaは極めて評判が悪く、「あれを日本食と呼ばせていいのか」「どうやったらあんな味が出来上がるのか」といい話はひとつもない。
日本食じゃないと思って食べるとどうなの」
「やっぱり食えないくらいまずいです」
ロンドンには他にもラーメン屋はあったし、それよりもチャイナタウンでワンタンメン食ってりゃ超満足なんだから、わざわざそんなまずいもん食いに行く必要ない、とこの私が麺を出す店を放っておいた。

そしたら、あなた、その後のwagamamaの快進撃といったら、もう口あんぐり。
ロンドンで出版されている新聞、雑誌でバンバン取り上げられて、ベスト・レストラン・オブ・ザ・イヤーとか何だとか賞を取りまくり。見る見るうちに巨大外食チェーンとなってしまった。
さすがイギリス人、味がわからないことに関しては世界に冠たるものがある。
それでも私は行かなかったね。
理由がないんだもん。
ああ、まずいなあ、と笑い合えるほど寛大じゃないもん。

wagamama側は「日本食だヨーン」的アプローチで客を呼んでいることは間違いない。だって、ラーメンだのそばだのとメニューに書いてあるんだから。
wagamamaの現在のサイトを見ても、「伝統的な日本のラーメンバーにインスパイアーされた」と書いてある。
現在イギリス全土に渡りに94店、その他海外にまで足を伸ばし、17カ国で展開している。

で、先日ロンドンからマドリッドに行くときにブリティッシュ・エアウェイズ専用の鬱陶しいほどでかいターミナル5で早めに着いてしまった私は、小腹が減ってきてしまっていた。朝飯抜いてたもんで。なにかちょっと軽いものをと見上げると、そこにwagamamaのでかい看板が。
店ができて21年目だ。何の記念日でもないけれど、なーんか、ラーメンと名のつくものが食いたい気分になってしまった。ここにきて56歳になろうとする私が道を誤るのだろうか。
入店してしまった。
人間何がきっかけで嫌いな店に入るかわからん。

しっかしアホみたいにでかい店だ。
ここがほぼ満席だから、驚いちゃうね。

味噌味、じゃなくて「miso」と書いてあったので、味噌味がついているのなら何とかなるだろうとこの馬鹿者は思っちゃったのね。

白味噌か?ぬるーいスープに少しだけ色がついている。
うっ、これはいったい。
どこに味噌入れた?
何の味がしているんだかさっぱりわからん。
貝だの、エビだの、鳥だのがやたらのっているが、それをまず無視して麺を食った。
う〜ん、見た目と同じだ。
味がまとまっていないんで、ひとつひとつの味がバラバラに口の中で暴れていて、胸が悪くなる。
何でもいいからたくさんのっけちゃお、ってのはやめなさいよ。
貝は全く合わないよ。生臭さが際立つよ。
しかしな、これをうまいと思っている人間がいるから成り立っているんだよ。
世界的日本食チェーンに育ったんだよ。
私見であるが、これはラーメンという名がついているがラーメンではない。
ラーメンという名のついた非常にまずい食い物だ。
これがなあ、と深い感慨に浸りながら、うまいものしか待っていないスペインへ飛び立った私であった。

世界の日本料理店を日本食の専門家が採点して、「認定日本食」ってのをあげるってのどうか、というくだらないアイデアが出たことがあるが、あれはやめておいた方がいい。日本で食べる外国食はおおむねうまいか、本場よりうまかったりすることもままあるが、私の経験ではタンドリーチキンが本当にうまい店は非常に少ない。

個人的にまずい店をやっつけちゃうってのはあるけどな。
ロンドンでは現在日本食が爆発的ブームで「日本食をやる」といえばすぐにスポンサーがつくそうだ。
とんこつラーメン専門店もできた。
しかし、私を納得させてくれる店は多くない。

明日は私が太鼓判を押す店を紹介します。