ヘブリディース諸島、ルイス島 その2

ロイヤル・ハウス・ホールドという偉そうな名前のウイスキーがある。
英国王室御用達であったのでこのような名前がついているから、偉そうにしているのも仕方ないかもしれない。
このウイスキーはバブルで浮かれまくって、日本全国お伊勢参り状態の頃どえらく流行っていた。
ごく普通のバーでもボトルを置くと一本5万円くらいは取られていたはずである。
どんな人間が飲むんだろうと不思議で仕方なかった。
テイストはブレンデッド・ウィスキーなのでバランスが取れた大変口当たりも香りも良い日本人に好まれる酒である。
今はどうなっているのかな、とネットで調べてみたら、いまだに根強い人気を誇っているようで
いくつものブログでとりあげられていた。
お値段は「THE」が付いているとかいないとかでいろいろあるが1本2万円代の下から上までの間。
うまい酒ではあるがそこまでして飲むか、と個人的には思っている。

このウイスキー、ネタが多い。
生産本数が少ないということが大きな理由と推測されるが、めったなことでは手に入らない。
何しろロンドンのどんなウイスキーでも揃えているというソーホーの酒屋でも扱っていない。
興味のある人は詳しいことがネットで簡単に調べられるのでそちらでお願いしたいが、
「バッキンガム宮殿」、ヘブリディース諸島のハリス島にある「ローデル・ホテルのバー」、そして日本でしか飲めないとされていた。
日本の皇室との関係で...とか説明されている。
間違いじゃないだろうが、そんな高い酒をありがたがって飲むのは日本人くらいしかいなかったからだろうと私は思っている。

イギリスで手に入れるのはほとんど不可能であったのは事実であるが、ハリス島のバーでしか飲めないというのは嘘である。
30年位前のこの地獄のロケでルイス島を這い回っていた頃、腹が減って小さなパブ兼酒屋でパンをかじっていたらアートディレクターがこの酒が置いてあるのを見つけた。
「お、綺麗なボトルだな」と手を伸ばしたら、「ちょっと飲んでみるか」と店の親父がみんなに振舞ってくれた。
「スッゲーうまいんだけど」
当たり前だ。
そこで親父がこのウイスキーのいわれを教えてくれた。
それが何故こんなとこにあるのかを尋ねると、王室の人間が航海に出るときにこの島によって大量に仕入れていくから、この店には箱単位でいつも置いてあると言う。
「へーへーへー」
「で、これ売ってくれるの?」
「売るからおいてあるんだよ」
ということになり、アートディレクターはケース一箱、私は2本、他のスタッフも何本か買っていた。
値段は忘れたが、日本で買うよりはるかに安かった記憶がある。

それくらいかな。
このロケで楽しかったことって。

もうひとつあったか。
この島の荒野はほとんどの地面がぶよぶよしたやや固まりかけた泥のようなものでできている。
これがピートである。
泥炭と呼ばれる石炭になるずーっと前のものくらいに思っていただければいいのではなかろうか。
モルトウイスキー作りには欠かせない。
工程の中に濡らした麦芽を乾かすという、香り付けで一番重要な作業があるのだが、そこでこのピートを燃やして麦芽を乾かす。
燃える泥なのである。
ちょっとインドの牛糞で作った燃料に似た感じを受ける方もいるかもしれないが、全然違う。

地面をただL字型の変形スコップのようなもので上から押して掘り出していくのである。
あんまり羊羹を切るように軽々と作業をこなしているので、どうしてもやってみたくなり、シャベルを借りたのだが、日本で育ったヒョロヒョロのもやし男では体重が乗らず、サクッ、サクッとリズミカルに掘るのはとても無理で何本かいびつな塊を作っただけで断念してしまった。
しかし、このルイス島にはウイスキーの蒸留所なんかないのにどうしてこんな重労働をといぶかると、燃料にするのだと言う。
そりゃそうだ。

ピートが燃えるところをみたいかと聞かれ、
「ハイッ!ハイッ!」と手を上げたら自宅に連れて行ってくれた。
いきなり汚い格好の日本人がドシャドシャ乱入してきたんだから
家族は驚いただろうなあ。
テレビじゃないんだから事前の打ち合わせゼロだもん。
ピートはまずカチカチに乾かされる。
で、それにいきなり火をつけるんじゃなくて木や石炭で火を作り、その上に乗せて燃やす。
家に入ったときにハムのいい匂いがするなあ。
ハム食いてえ、食いてえと願っていた。
「ハムを焼いてるの」
「ハム?」
いきなり乱入したあげく「ハム食いてえ」である。
私はどういう人間なのだろうか。
ハムの匂いがピートの香りであった。
ありゃ意外な展開だったな。

地獄の話を書くつもりが、ためになる話になってしまった。
地獄はその3で。

これがピートを掘ったあと。よくわからないかもしれませんが、ギザギザ、段々になっています。