淀川フーヨーハイ君

淀川フーヨーハイ君とは32年前、ある広告会社に同期で入社した間柄である。
入社後のクリエイティブの研修で2ヶ月間一緒に過ごしたくらいで、その後はなかなかしっかり話をすることもなく、私は呑気に15年前に会社辞めちゃったもんだからますます縁遠くなってしまった。年賀状のやり取りくらいですか。

彼は人柄もよく、非常に優秀だったので同期の人間からも、上司からも「フーヨーハイ」「フーヨーハイ」と声をかけられ人気者であった。
10年くらい前にあるところで偶然すれ違って、「おー、フーヨーハイ」と声をかけたら、一瞬怪訝な顔をしたが、「おー、久しぶり」と抱き合って再会を喜んだ。ただ、私の名前は彼の口から出てこなかったので、誰か知っているはずの奴、と思っていたのかもしれない。

最近たまにメールをやりとりすることがあり、彼から劇団公演の案内が来た。
満劇というふざけた名前で「なんなんだよー」と思ったら満員劇場御礼座というやはりふざけた名前であった。ただ、アドレスはhttp://www.mangeki.comになっているので、通称満劇らしい。
フーヨーハイが学生の頃から芝居をやっているのは知っていたが、まだ続けていたんだね。

元同僚たちはこの歳になっても奇妙なほど元気だ。
先日はオヤジバンドだったし世の中みんなこんなぐあいなのかしら。

昨日その満劇の公演に行ってみた。
なんだか花だらけだ。そうそうたる会社から小劇場にふさわしくないくらいの花が届いている。
やっぱりフーヨーハイなんておかしな名前でも偉くなれるというのは変わった業界だ。
出し物は「まゆつば 中目黒版」。やっぱりふざけてんのやん。6話のオムニバス形式。
大阪出身の彼は大阪を拠点に今でも活動を続けているらしい。大阪から来ても東京の壁は厚いで、うまくいくんかいな。心配で心配でどうなることかと思ったら、もう客はギューギュー詰めで身動きが取れない。昔の下北の小劇場を少し綺麗にしたような小屋だが、隣が笑えばこちらまで響くような超満員御礼状態。朝から少しお腹がゆるかったので、駅前ですっきりさせといてよかった。
芝居が始まって問題が起きたら、私が公演中止に追い込むところだった。

日常の不思議、不条理がテーマだというので、カフカカミュのようなものかと思ったら、ずっとゲラゲラ笑いっぱなし。不条理とは笑いなのである。
芝居というのは、見ていて常にどこか少し恥ずかしいものであるが、恥ずかしさゆえに客は笑うことにためらいがなくなる。人前で恥ずかしいことなんてできないすよ。私には。
ありゃ、演じている側が恥ずかしいと思っちゃうと客は笑えなくなるもんだね。
私が恥ずかしくなくなれるのはラジオスタジオのブースの中だけだ。

私も大勢の人にこんなにゲラゲラ笑ってもらいたいもんだ。
あー、うらやましい。
フーヨーハイはペンギンの役でも出ていたが、これはもう吉本のトップ芸人を抜いたと思わせるほどの技で、広告やめて、こっちの仕事のほうが儲かるんちゃうか。
そういえばフーヨーハイは広告作る側のはずなのに、時々CMに堂々と登場している。私のようにラーメン屋のオヤジ役で出たつもりが、ディレクターが全部カットしてしまった、という出方ではなく、だれが見てもフーヨーハイとわかる出演である。
際限なくどぼけた奴だ。

芝居が終わると、フーヨーハイが舞台上からアンケートへの書き込みをお願いした。
普通、客の半分以上は感想なんか書かないのに、全員がそのまま席に座ったまま熱心に書き込んでいる。人気あんだねえ。わかるわ。
料金は前売りで3000円。今どきの値段じゃない。どこから金持ってきてんだろうか。
なんと本日で東京公演は終了でございます。14時からの一回だけ。チケットないんじゃないかと思うけど、興味がある人は前述のアドレスでチェックしてみてはいかがかな。

出口で出演者が挨拶をしていたので「フーヨーハイ」と声をかけてみたら、またしばらく「あんた誰」という顔をしていたが「おー、久しぶり」と破顔一笑してくれた。わかってないと思うな。

普段は彼は仮面をかぶっているので、フーヨーハイ!と呼んでも返事をしてくれないと思います。

根津に寄った時になんか不思議な店を見つけました。
この店の中の日常ってどんなんだろうと想像したな。