アンギラスを食ったつもり

アンギラスといえばゴジラと戦った怪獣であるから、その肉を食ったのか、それはどうなの、と懸念を示される方もいるかもしれないが、そんなものは食えない。もともと1955年に「ゴジラの逆襲」で登場したんだから、肉が冷凍保存されているといってもさすがにもう食えんだろう。
2004年に「ゴジラ ファイナルウォーズ」にも登場しているが、放射能汚染によって生まれた怪獣だから、食べると内部汚染しちゃう。

アンギラスってスペイン語では「うなぎ」のことよ、どうしてうなぎが日本では怪獣になったのか不明だが、怪獣アンギラスの別名は「暴龍」らしいから、龍とうなぎということでお粗末様でした、ということなのかも。

スペインではアンギラスというと通常うなぎの稚魚の料理を思い出す。
この料理は怪獣のように暴力的な料金でなかなかオーダーするのに勇気が必要となる。
世界的なうなぎ不足で、しかも成長前の稚魚を食うという今時許されない食い物だが、あんまりうまいんで昔スペインに通っていたときは、時々いただいていた。

これでその料金取るんか、と文句のひとつも言いたくなるほどシンプルなもので、アヒージョを入れる器を一回り小さくしたものに稚魚とニンニクを入れてオリーブオイルで炒めたもの。決して焦がしてはならない。
それを木製の使い捨てフォークのようなものでクルクルッと巻いていただく。
生きててよかったと思う。
私はオリーブオイルとニンニクがあれば大抵のものはおいしくいただくことができる。
でも、このアンギラスだけは王様扱い。

先日スペインに行ったとき、これは母親に食わせてやりたい、妹達には一口だけ、私は残り全部、という計画を立てていたのだが、この料理を出す店はそう多くない。やはり、稚魚不足だ。
今回は無理かもな、とあきらめていたときマドリッドのマイヨール広場に近いサンミゲル市場という最近できたと思われるこんな楽しいところがあるかしら、という食い物なら何でも手に入る市場の中に立ち食いレストランがいくつも並んでいる場所へ皆さんをお連れした。
前日一人で探し当てていた。
そこにアンギラスがいたからだ。
しかも、普段ならほんの少ししか出てこない料理なのにドーンとボリュームがあり、エビまでついている。
何ともスペイン人は気前のいいことで。
昼食の前にとにかくサングリアでも飲みながら、ちょいとつまんでみようぜという私の提案に全員が両手を上げて賛成した。

素材だけが乗っている皿を指し、「これアンギラスだよな」と店員に確認すると、大きくうなずく。
「諸君、アンギラスをこれからいただくことになるが、高いんで心して食するように」
「わかりました」
母親、妹二人に嫌いなものはなく、何でもうまいうまいと食うので少しブレーキをかけておいた。

出てきた。
これだ。

こんな量のアンギラス、いくらになるんだろうと震えつつも全員でフォークを伸ばした。
うんまい。
これだからスペインはたまらんぜ。
グイグイ食って、最後には「飽きた」という不心得者まで出てきてしまった。
じゃ、これから本格的な昼飯ね、ということで勘定を頼むと、「え!」というほど安い。
1000円しないんだもん。
そこまでスペインはデフレが進行しているのか、そんなわけない、インフレだろうが。
おっかしいな。

その夜は同じくマイヨール広場近くの世界で一番古いレストランということでギネスに認定されている「ボティン」という嘘か本当かかなり怪しいレストランで飯を食った。ここは大昔来たことがある。ここでバカみたいに高いアンギラスを食った。
メニューをめくっているとまだあった。さすが老舗だ。でも、値段暴落だもんな、と料金を見てオメメまんまる。
度肝抜かれるほど高いじゃん。
この料理だけで4人分の夕食が食える。

あの昼間のアンギラス、でかかったんだよな。
アンギラスだよね」と聞いたとき、一瞬店員の顔が歪んだような気がしたな。
どこか大味だったな。
「飽きた」というやつもいたな。
本当は繊細な味を楽しむはずなんだけどな。

と疑念が頭の中を駈けまわり、あっという間にあれはアンギラスではなかった、という結論に至ってしまった。
「皆様、昼のはアンギラスではありませんでした。ここのは本物です。食べますか」と尋ねたら全員が「いらない」と答えた。

そんなわけで、本物のアンギラスを食い損ねたスペインの旅でした。
あ〜ああ。